東京・目黒。決して都心とはいえないその場所にありながら、国内はもとより国外からも多くの来訪者がある複合施設「クラスカ(CLASKA)」。ホテル、レストラン、レンタルスタジオ、ギャラリー&ショップからなる施設は、すべてにおいて「最小公約数で成立させる美」が一貫され、その哲学は多くの分野、業界に影響を与え続けています。今回フォーカスするのは「クラスカ」の根幹を担うホテル。ライフスタイル界を席巻する「クラスカ」において、ある種いちばん生活に密着した業種。ここに、この度新しい客室が新設されたのです。701号室と702号室。
このふた部屋、建築家がデザインしたものではありません。ステーショナリーやバッグを手がけるプロダクトブランド〈ポスタルコ(POSTALCO)〉のデザイナーであるマイク・エーブルソンがデザインしたのです。一生使えると名高いプロダクトをデザインするマイクが描く、いい客室とは一体どんなものなのか。早速見ていきましょう。
まず、案内してくれた「クラスカ」広報の牛田さんが手に持っていた鍵を見て「もしや」と思ったのですが、キーホルダーは〈ポスタルコ〉のもの。この2室限定です。
そしてこちらが客室の全景。入った瞬間に感じたことは「小屋みたい」。なんとも素朴で、過不足のない〈ポスタルコ〉らしい部屋だなという印象。しかし、よく見ていくと、そんなうわ部だけではない、〈ポスタルコ〉のステーショナリー同様に、らしいデザイン哲学を各所に感じることができたのです。
そもそもこの部屋にはテーマがあります。それが、谷崎潤一郎の随筆である『陰翳礼讃』。電灯がなかった時代の日本の美意識を凝縮した名著で、建築家を志す人の多くが一度は読むといわれる作品です。本著が発売された当時、西洋諸国ではいかに部屋を明るくするかが考えられていました。一方、日本はいかに陰を利用するかが重要とされていた。まさに侘び寂びの世界。なぜこれがテーマになったのかというと、マイク自体が本著に多大な影響を受けているから。というわけで、この客室の最大の特徴は光と影。
照明は天井付近の丸いライトとベッド下のライト、そして部屋の隅の柱に設置されたライトの3種類。写真は日中のものなので、雰囲気はあまり伝わりませんが、夜はこの3つの照明がとてもいいムードをかもし出します。
また、ベッドが小上がりになっているのが分かるかと思いますが、そうすることで、まるで巣にいるように、落ち着いて眠ることができるのです。科学的なことを言うと、天井との距離が近いほうが、心が安らぐんだそう。さらに小上がりにすることで窓と同じ高さになり、晴れた日にはベッドから富士山を拝むことだってできます。
こちらは机です。が、ただの机じゃない。机の脚部分にタイヤを、壁面にスライダーを取り付け、前後に動かせるようになっています。そうすることで、気分によって場所を変えられる。このフレキシブルさもマイクがこだわったポイントのひとつ。
部屋にある備品もすべて、マイクがセレクトしたものが並びます。机の上には〈ポスタルコ〉のバインダーで挟まれた各種メニューもあり。
部屋に入ってすぐの場所にあるバスルームだって、普通のバスルームではありません。
玄関から続くバスルームですが、最も特筆すべきは床で、洗い出しの石が敷き詰められています。なぜか。マイクは広いとは言えないバスルームで、いかに快適に過ごせるかを考えました。バスタブもないため、シャワーを浴びてる最中は立ちっぱなしです。だから、足に触れるものは、より自然を感じられるものにしようとしたわけ。確かに、実際に歩いて見ると、自然のやわらかな雰囲気が足から伝わるというか、懐かしい気持ちになるというか。不思議と落ち着くのです。
一泊¥15,000~(ひとり)。都心からは少し離れた場所にありますが、マイクのスピリットが感じられる空間は、ここ以外では彼の自宅くらいしかないでしょう。ぜひ機会があれば、宿泊してみてください。
最後に、「クラスカ」のディレクター大熊健郎さんに今回の経緯を伺いましたので、ここからはインタビュー形式でどうぞ。
ーではまず、〈ポスタルコ〉のマイクさんにお願いした理由を聞かせていただけますか?
大熊:実は、いままでも客室を新設することはあったんですが、デザインをお願いするのは建築デザイナーの方たちが多かったんです。でも「クラスカ」は自由なスタイルのホテルですので、今回は専門的な方以外にお願いしたいと。デザインうんぬんやセンスもそうですが、物事に対する探究心や観察力のある人に。そんな思考を巡らせていたときに思いついたのが〈ポスタルコ〉のマイクさんだったんです。
ー大熊さんの周りにはクリエイターの方がたくさんいるかと思いますが、なかでもマイクさんは特異な方でいらっしゃるんですか?
大熊:研究姿勢がすごくて、とにかくマニアックなんです(笑)。さらにマイクはアイデアをしっかり具現化できる。そういった点では非常に稀有な方だと思います。加えて、デザインも過剰にならないし、おもしろいアイデアがあったとしても全体的に控えめで品がある。今回も、構想段階のデザインを見たときは突拍子もないかな?と思ったんですが、出来上がってみると見事に〈ポスタルコ〉らしくなっていて。とても満足しています。
ーたしかに〈ポスタルコ〉のデザイン哲学をしっかり感じられる客室でした。ちなみに、今後ホテルを増やす予定はありますか?
大熊:そうですね。ないとは言い切れませんが、いまのところあまり考えてはいません。ただ「クラスカ」を運営してきたことで培ったノウハウやアイデアを生かすような仕事はしてみたいと思っています。いいパートナーの人がいたらぜひという感じです(笑)。
ーでは最後に、今後、客室のデザインをお願いするとしたらこの人かな、なんて考えはありますか?
大熊:今後も機会があったらまた、インテリアデザイナーではないけれど、旅が好きで暮らしやデザインに対する知見がある人、そして自分のスタイルをしっかりもっているような人にお願いしたいと思っています。マイクさんもそうですが、いわゆるプロのインテリアデザイナーとは違う視点や実際の体験に根ざしたアイデアを形にできたら、きっと面白い空間ができると思うんですよね。
ーありがとうございました。今後の展開も楽しみにしています!
Text_Keisuke Kimura
CLASKA
住所:東京都目黒区中央町1-3-18
電話:03-3719-8121
claska.com
Source: フィナム