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ブランドや商品を扱う仕事においての難題
ブランドや商品を扱う仕事において、最も難しいのは「変えるべき部分」と「残すべき部分」の境界線を見極めることではないだろうか。すでに強いパブリックイメージがあるものを前にした時、不用意な変化は価値を損なう。
この難題に対する一つの具体的な回答を示しているのが、現在トム フォードとカナダグースという、性格の異なる二つのブランドを牽引するハイダー・アッカーマンの仕事である。官能性と実用性、両極端なブランドにおいて彼はどのような判断を下し、慣習化した成功の方程式のどこにメスを入れているのか。
アッカーマンのキャリアを追いながら、その見極めの手法を読み解く。それは、ゼロから何かを生み出す場面よりも、今あるものをどう扱うかに直面している多くのビジネスパーソンにとっても、重要な示唆を含んでいる。
既存ブランドを扱える理由
なぜ今、彼は大きく性格の異なる二つのブランドを託されているのか。その背景には、彼のキャリアが培った「翻訳能力」がある。
ハイダー・アッカーマンのキャリアと原点
アッカーマンの資質を形作ったのは、幼少期から繰り返された文化的な移動にあったと思われる。彼はコロンビアのボゴダに生まれ、フランス人の両親に養子として迎えられた。父親は地図製作者であり、アッカーマンの兄と姉(二人も養子だった)を含む家族は、エチオピア、チャド、アルジェリアなどアフリカ各地を旅した後、アッカーマンが12歳の時にオランダに定住した。彼は常に、特定の土地のアイデンティティに同化するのではなく、複数の文化の境界線に身を置いてきた。この「異邦人の視点」が、先入…
ベルルッティで培った「翻訳能力」

画像:Berluti 公式サイト
しかし、彼のキャリアにおける重要な転換点は、単なる作家性に留まらず、既存の文脈をどう扱うかという「編集的な領域」へ足を踏み出した点にある。それを物語るのが、2016年に就任したベルルッティでの経験だ。約130年の歴史を持つ老舗において、彼はヘリテージを壊すことなく、自身の持つ妖艶なエレガンスと調和させた。ここでアッカーマンは、ブランドの精神を汲み取り、現代の感性を備えたプロダクトに変換する手法を、自身のものにした。
2020年、アッカーマンは自身のブランドを休止した。この決断で特定のシグネチャーを守る制約から離れたことが、現在の異例のキャリアを呼び込む。特定の看板を背負わない身軽さがあったからこそ、2024年、トム フォードとカナダグースという、全く性格の異なる二つの大役を同時に引き受けることを可能にした。
色気の作り方の変更─トム フォード
ハイダー・アッカーマンがトム フォードのクリエイティブ・ディレクターに就任するというニュースは、大きな驚きをもって受け止められた。創業者トム・フォードが築き上げた「直接的なエロティシズム」に対し、アッカーマンの美学はより「静寂で詩的な官能性」を表現している。「色気」という同じカテゴリーを扱う両者。しかし、その中身は異なる。
彼は、強烈なカリスマが残した「成功の方程式」をいかに更新するかという難題に挑んだ。
トム フォードの色気をどう受け継ぐか
アッカーマンは、ブランドのイメージを安易に塗り替えることはしなかった。ブランドの核である色気は変えず、そこに至る達成プロセスを再定義したのだ。トム フォードの色気とは、煌びやかで生々しいものだった。光沢のある素材はゴージャスで、ショッキングピンクは頻繁に使われ、シルエットは肉体を強調した。それは見る者を圧倒する外向的で直接的なエロティシズムである。
しかし、色気の解釈が多様化する現代、かつて
