Rewrite
大阪という都市は、常に既存の枠組みから少し距離を取りながら独自の発想と感性を育んできた。ファッションにおいてもそれは例外ではなく、東京的なトレンドの受容やフォーマットの踏襲とは異なるかたちで、ローカルに根ざしたスタイルを積み重ねてきた土地である。そこにあるのは、洗練を目指すための均質化ではなく、日常の延長線上から自然に立ち上がるリアルな感覚だ。ストリートやスケートといったカルチャーに関しても同様のことが言える。大阪で多種多様なカルチャーが独自の進化を遂げてきた背景には、この都市特有の空気感がある。過度に構えず、しかし芯の部分では強い美意識を宿す。そのバランス感覚こそが、大阪発のファッションやカルチャーに独特の説得力を与えてきた要因と言えるだろう。
2025年11月にブランド初となる東京旗艦店をオープンした大阪発のソックスブランド〈WHIMSY(ウィムジー)〉。同ブランドもまた、そうした大阪的文脈のもと、独自のスタンスとセンスが育まれてきた。ソックスというルーツを尊重しながらも、既存の形式にとらわれることなく、現在進行形の感覚としてアップデートしていく。その姿勢は、単なるスケートブランドの枠を超え、都市とカルチャーの関係性を映し出すひとつの象徴として機能している。
〈WHIMSY〉デザイナーの中井宗太にとって今回の東京旗艦店オープンは、自身にとって一つのチャレンジであると同時に、これまで培ってきたコミュニティを次のフェーズへと広げていくための重要な契機でもある。大阪を拠点に築き上げてきた感覚や価値観を、異なる文脈を持つ東京という都市でどのように提示するのか。その試みは、ブランドの在り方を再確認するプロセスであり、同時に新たな出会いや対話を生み出す場を開く行為であると言える。
本記事ではそんな彼の現在地とともに、〈WHIMSY〉旗艦店オープンに至るまでの背景を紐解いていく。
デザインの根っこは、すべてスケートボードの思考そのもの
Hypebeast:今回、東京に初の旗艦店を構えた理由を教えてください。
中井宗太:WHIMSYはもともとソックスからスタートしたブランドですが、並行して洋服も少しずつ作り続けてきました。そうした中で、徐々にコレクションとしてのボリュームもしっかりとしたものになってきて、大阪の『COFLO』ではフルラインアップできる環境が整っていました。これまで大阪では、身近な仲間やお客さんに支えられながら、ブランドの世界観を直接伝え続けることができていました。その手応えがあったからこそ、次のステップとして、関東エリアでもWHIMSYをしっかりと見せられる場所を持ちたいと考えるようになりました。それが、今回東京に旗艦店を構えることになった一番のきっかけですね。
大阪の『COFLO』とはどのような違いがありますか?
『COFLO』は、僕たちと関わりのあるブランドや仲間たちを紹介するセレクトショップとしてスタートした場所なんです。自分たちが信頼しているものや、共感できるカルチャーを共有するための“場”として機能してきました。一方で『WHIMSY TOKYO』は、WHIMSYだけにフォーカスしたオンリーショップです。構想段階から、『COFLO』とはまったく異なる店舗にしようと考えていました。決定的な違いを挙げるとすれば、セレクトショップとブランドのオンリーショップという“設定そのもの”が違いますね。そのため、『COFLO』はあくまでシンプルな箱として設計しているのに対し、『WHIMSY TOKYO』はブランドの世界観を体験してもらうための空間として作りました。
東京の中でも恵比寿という地域を選んだのには何か理由がありますか?
理由は大きく2つあります。まず1つ目は、店を構えると決めた当初から、周囲にショップがほとんどない場所でやりたいと思っていて。目的を持って足を運ばないと辿り着けない立地のほうが、その道中も含めてワクワクできるし、気持ちが高まる感覚があると考えていました。もう1つは、店舗の外にある樹齢100年を超えるイチョウの木の存在です。初めて見たときに驚くほど大きくて、直感的に「気がいい場所だな」と感じました。環境が良くなければ、ああいう木は育たないと思うんです。そうした空気感も含めて、この場所に強く惹かれましたね。
これは元から生えていたんですか?
そうですね。もともとここに根づいていた木です。移植したり、どこかから運んできたりできるようなサイズではないですね。
特に今の時期は、庭の芝が黄色くなったり、銀杏が葉を落としたりしていて、季節の変化がすごく分かりやすいんです。実は、今ある木々や植栽も、四季ごとに表情がずっと変わっていきます。紅葉が終わるとツワブキが咲いて、春になると柑橘系の木が実をつける。そうやって、時間とともに景色が移ろっていく感覚がこの場所にはあります。ですが、日本庭園のようにかしこまった空間にしようとは思いませんでした。ただ、自分のルーツとしての“日本らしさ”はすごく意識しています。世界中にいる仲間たちに、自分なりのオリジナルな感覚で「かっこいい」と思ってもらえるものを作りたかった。そのために、この空間にも自然と日本的な美意識が反映されていると思います。
この店舗の内装や什器にはどういった方が関わられておりますか?
このチームが本当に面白くて。まず庭を手がけているのは、Veigという生物学者と造園家によるユニットです。実はメンバーの1人がスケーターでもあるんです。最近だと、広尾にオープンしたLEMAIREの庭もVeigが手がけています。内装工事や木工、棚などを手がけてくれたのは、株式会社デキマスワークスっていう中野のスケーターと、古くから友人のyagi mokkoさん。アクリル什器に関しては、大阪でアクリル造作を得意とする職人に、僕がデザインした設計図をもとに具現化してもらっています。電気工事も含めて、関わっているメンバーは基本的に全員スケーターですね。デザイン自体はすべて自分で担当しています。
WHIMSYはスケートボードから生まれたブランドであり、クルーでもあります。ただスケートをそのままアウトプットすると、スケートショップやスケートパークになっていくと思うんですけど、僕自身は少し違う捉え方をしていて。街でスケートをしてきたからこそ、モノの見方の角度や、既存のものの使い方を工夫する癖が身についたと思っています。分かりやすい例が、この照明です。使っているのは、ホームセンターなどで売られている、ごく普通の電気部材なんですよね。通常であれば、電気工事ではそれを天井裏に隠す。でも、そういった汎用的なパーツを、そのままデザインとして成立させる発想は、街でスケートをしているときに「このスポット、こう使ったら面白いよね」と考える感覚にすごく近い。
アクリルの什器も同じで、実は空輸用のカーゴコンテナから着想を得ています。あれって真ん中でパカっと割れる構造になっているんですが、その仕組みをアクリルで再構築したものです。普通なら、アクリルでこういう発想にはならないと思うんですけど、スケートをしてきたからこそ「これ、別の使い方できないかな?」と考える癖が染みついている。一見するとスケートの要素は見えにくいかもしれませんが、僕の中ではこの店の作り方やデザインの根っこは、すべてスケートボードの思考そのものなんです。だからこそ、庭を手がけたVeigのメンバーや電気工事のチームも、同じスケーター同士として僕のアイデアを面白がってくれました。「こんなことやったことないけど、確かに面白いね」って言ってもらえたのは、すごく印象に残っています。
いわゆる“スケートショップらしさ”が前面に出ていないのが印象的でした。
あんまり好みではなくて。いかにもスケーターが作った“スケボーっぽい店”が。もちろんそれが悪いわけではないんですけど、自分の中ではそこにそのまま着地するのは違うなと思っていて。僕の中にはちゃんとロジックがあって、「なぜこうするのか」というレイヤーがすべて積み重なっています。WHIMSYはこれまで、スケーターに向けたソックスを軸に展開してきましたし、スケートボードは間違いなく自分のバックボーンです。物事の見方や、かっこいい、かっこよくないを判断する基準は、すべてスケートからもらったものだと思っています。上手いスケーターや、本当にかっこいいと思えるスケーターにソックスを送ったり、業界やコミュニティへのサポートはこれからも変わらず続けていくつもりです。
そもそも、なぜソックスを軸にブランドをスタートさせたのでしょうか?
スケートスポットでよく見かける光景があって。パン屋のTシャツを着ているやつとか、マイナーなバンドのTシャツを着ているやつとか。そういう人に出会うと「なんか面白そうだな」と思って、自然と話しかけていたんです。でも、いわゆるファッションブランドのロゴTシャツを着ている人には、なぜかあまり興味を持てなかった。自分が洋服のブランドをやりたいと思ったときに、「じゃあ自分は自分のブランドのロゴTシャツを着たいのか?」と考えたら、それは違うなと思ったんです。自分があまり惹かれないタイプのものを、自分で作るのも違うなと。だったら「“何とか屋さん”のような存在になれないか」と考えました。パン屋や本屋のように、そのカルチャーや背景ごと提示できるようなあり方。その延長線上で、自分にとって一番身近だったスケートボードから逆算していったんです。スケートを構成する要素を順番に考えると、ウィール、デッキ、シューズ、そしてソックス。ちょうどその頃、ソックスはまだ本格的に開発されていない領域でした。だったら、そこを突き詰めてみようと。それが、WHIMSYがソックスから始まった理由です。
いわゆる“スケーターっぽくない”服装をしているスケーターの方が、かっこよく見えるという感覚でしょうか?
近いかもしれないですね。Tシャツって、僕の中ではその人の“内側”を表すものだと思っていて。どんなグラフィックを選ぶのか、どんなメッセージを背負うのかって、その人の価値観や興味がすごく出るじゃないですか。だからこそ、自分はソックスをTシャツのような感覚で作っているんです。グラフィックをどんどん入れ替えたり、毎シーズン違う柄を展開したりしているのも、その延長線上にあります。
⻑くブランドを続ける中で、「これはブレていない」と感じるWHIMSYの核は何でしょうか?
ブレていない部分で言うと、やっぱり“人”ですね。高校生の頃に作ったスケートチームが、そのまま形を変えながら会社になり、気づけば10年以上ブランドを続けている。そう考えると、やっていることは大きくなっていても、根っこの部分はずっと変わっていないんです。特に大きいのは、当時のメンバーが誰一人抜けていないこと。環境も立場も変わっているのに、同じ仲間と続けてこられている。それ自体が、WHIMSYの核だと思っています。
素敵なお話ですね。
高校生のときに出会って、「明日から俺ら、チーム名つけて滑ろうよ」と言って始まった最初のクルーが、今もそのまま続いているんです。
ソックス以外のアイテムや、新しいアイテムの展開について考えていることはありますか?
今回『WHIMSY TOKYO』を作ったことで、自分の今の趣味嗜好がかなり明確になった気がしています。「この空間に並んでいて自然に見える服って何だろう」と考えるようになりました。東京店に関しては、もう少し自分の趣味に振り切ったものを、小さなコレクションとして展開してみたいと思っています。より細かな違和感を宿した洋服というか、この空間のデザインと並んだときに「これがあったら絶対にかっこいい」と思えるものを、ここだけで作るのも面白いかなと。東京という場所だからこそできる実験を、少しずつ形にしていきたいですね。
大阪を中心に若い世代とも自然にリンクしている印象がありますが、その背景にはどんな経緯があるのでしょうか?
きっかけはやっぱりスケートスポットですね。そこで出会うことが多いです。スケートボードの面白いところは、年齢が関係ないことだと思っています。本当に、おじさんから子どもまで精神年齢が同じなんですよ(笑)。そこに上下関係みたいなものがあまりなくて、同じ目線で話せる。東京店を作ってからも、中学生の常連の子がいたり、一方で自分の服を気に入ってくれている55歳くらいの方がいたりします。でも、その2人がスケートという共通言語で自然に会話していたりするんです。世代を超えて同じテンションでつながれる。その空気感が、僕はすごく素敵だなと思っています。
今後東京旗艦店では、どのようなことを感じ取って欲しいですか?
僕は、洋服も含めてすべては“体験とセット”だと思っているんです。ここでは、僕が毎日お店にいます。自分が直接お客さんに「この服はこういう意図で作っていて、ここが面白い」と伝えることができます。デザイナーがエンドユーザーと日常的に直接話せる場所って、意外と多くないと思うんです。でも、その対話こそが大事だと思っていて。どういう背景で作られたのか、どう着たらかっこいいのかを理解した上で持ち帰ってもらえたら、その服をより愛せるはずですし、自信を持って着られると思う。自分が作ったものだからこそ、最後まで責任を持って届けたい。だから僕にとっては、“物を買う”という行為の先に服がある。東京店では、その一連の体験そのものをプレゼントできたら嬉しいですね。
確かにきっかけを生むことは重要ですね。
だからこそ、この場所を単なる“服を買う店”にはしたくなくて。例えば、コーヒーショップに入ってもらったり、季節が良いときには庭でだらだら話せるような空気をつくれたらいいなと思っています。
今後のWHIMSYとしての展望を教えて下さい。
世界の“かっこいい奴ら”に、日本のかっこよさをちゃんと見せてやりたい、という気持ちがあります。だから展望としては、やっぱり外へ出ていくこと。アンテナの立っている人たちに届く場所まで、自然に広げていきたい。自分のバックグラウンドには常にスケートボードがあります。スケートは、表現の根底にはいつも流れている。でも、スケーターだけのブランドにしたいわけではないし、スケーター以外をかっこいいと思わない、なんてこともまったくない。スケートはあくまで自分の言語のひとつ。それを通して、日本の感覚や美意識をどう翻訳していくか。東京という場所から世界へ向けて、その実験を続けていきたいですね。
中井宗太
高校時代に結成したスケートクルーを原点にブランド WHIMSYを設立。大阪を拠点にセレクトショップ『COFLO』を立ち上げ、多様なカルチャーブランドから新進気鋭の若手レーベルまでを独自の視点でキュレーションしてきた。2025年12月には、ブランド初のオンリーショップ『WHIMSY TOKYO』をオープン。大阪と東京の2拠点を軸に、プロダクトの提案にとどまらず、“体験”を内包したブランドの在り方を提示している。空間設計や立地、そこで生まれるコミュニケーションまでも含めて、WHIMSYという世界観を構築し続けている。
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大阪という都市は、常に既存の枠組みから少し距離を取りながら独自の発想と感性を育んできた。ファッションにおいてもそれは例外ではなく、東京的なトレンドの受容やフォーマットの踏襲とは異なるかたちで、ローカルに根ざしたスタイルを積み重ねてきた土地である。そこにあるのは、洗練を目指すための均質化ではなく、日常の延長線上から自然に立ち上がるリアルな感覚だ。ストリートやスケートといったカルチャーに関しても同様のことが言える。大阪で多種多様なカルチャーが独自の進化を遂げてきた背景には、この都市特有の空気感がある。過度に構えず、しかし芯の部分では強い美意識を宿す。そのバランス感覚こそが、大阪発のファッションやカルチャーに独特の説得力を与えてきた要因と言えるだろう。
2025年11月にブランド初となる東京旗艦店をオープンした大阪発のソックスブランド〈WHIMSY(ウィムジー)〉。同ブランドもまた、そうした大阪的文脈のもと、独自のスタンスとセンスが育まれてきた。ソックスというルーツを尊重しながらも、既存の形式にとらわれることなく、現在進行形の感覚としてアップデートしていく。その姿勢は、単なるスケートブランドの枠を超え、都市とカルチャーの関係性を映し出すひとつの象徴として機能している。
〈WHIMSY〉デザイナーの中井宗太にとって今回の東京旗艦店オープンは、自身にとって一つのチャレンジであると同時に、これまで培ってきたコミュニティを次のフェーズへと広げていくための重要な契機でもある。大阪を拠点に築き上げてきた感覚や価値観を、異なる文脈を持つ東京という都市でどのように提示するのか。その試みは、ブランドの在り方を再確認するプロセスであり、同時に新たな出会いや対話を生み出す場を開く行為であると言える。
本記事ではそんな彼の現在地とともに、〈WHIMSY〉旗艦店オープンに至るまでの背景を紐解いていく。
デザインの根っこは、すべてスケートボードの思考そのもの
Hypebeast:今回、東京に初の旗艦店を構えた理由を教えてください。
中井宗太:WHIMSYはもともとソックスからスタートしたブランドですが、並行して洋服も少しずつ作り続けてきました。そうした中で、徐々にコレクションとしてのボリュームもしっかりとしたものになってきて、大阪の『COFLO』ではフルラインアップできる環境が整っていました。これまで大阪では、身近な仲間やお客さんに支えられながら、ブランドの世界観を直接伝え続けることができていました。その手応えがあったからこそ、次のステップとして、関東エリアでもWHIMSYをしっかりと見せられる場所を持ちたいと考えるようになりました。それが、今回東京に旗艦店を構えることになった一番のきっかけですね。
大阪の『COFLO』とはどのような違いがありますか?
『COFLO』は、僕たちと関わりのあるブランドや仲間たちを紹介するセレクトショップとしてスタートした場所なんです。自分たちが信頼しているものや、共感できるカルチャーを共有するための“場”として機能してきました。一方で『WHIMSY TOKYO』は、WHIMSYだけにフォーカスしたオンリーショップです。構想段階から、『COFLO』とはまったく異なる店舗にしようと考えていました。決定的な違いを挙げるとすれば、セレクトショップとブランドのオンリーショップという“設定そのもの”が違いますね。そのため、『COFLO』はあくまでシンプルな箱として設計しているのに対し、『WHIMSY TOKYO』はブランドの世界観を体験してもらうための空間として作りました。
東京の中でも恵比寿という地域を選んだのには何か理由がありますか?
理由は大きく2つあります。まず1つ目は、店を構えると決めた当初から、周囲にショップがほとんどない場所でやりたいと思っていて。目的を持って足を運ばないと辿り着けない立地のほうが、その道中も含めてワクワクできるし、気持ちが高まる感覚があると考えていました。もう1つは、店舗の外にある樹齢100年を超えるイチョウの木の存在です。初めて見たときに驚くほど大きくて、直感的に「気がいい場所だな」と感じました。環境が良くなければ、ああいう木は育たないと思うんです。そうした空気感も含めて、この場所に強く惹かれましたね。
これは元から生えていたんですか?
そうですね。もともとここに根づいていた木です。移植したり、どこかから運んできたりできるようなサイズではないですね。
特に今の時期は、庭の芝が黄色くなったり、銀杏が葉を落としたりしていて、季節の変化がすごく分かりやすいんです。実は、今ある木々や植栽も、四季ごとに表情がずっと変わっていきます。紅葉が終わるとツワブキが咲いて、春になると柑橘系の木が実をつける。そうやって、時間とともに景色が移ろっていく感覚がこの場所にはあります。ですが、日本庭園のようにかしこまった空間にしようとは思いませんでした。ただ、自分のルーツとしての“日本らしさ”はすごく意識しています。世界中にいる仲間たちに、自分なりのオリジナルな感覚で「かっこいい」と思ってもらえるものを作りたかった。そのために、この空間にも自然と日本的な美意識が反映されていると思います。
この店舗の内装や什器にはどういった方が関わられておりますか?
このチームが本当に面白くて。まず庭を手がけているのは、Veigという生物学者と造園家によるユニットです。実はメンバーの1人がスケーターでもあるんです。最近だと、広尾にオープンしたLEMAIREの庭もVeigが手がけています。内装工事や木工、棚などを手がけてくれたのは、株式会社デキマスワークスっていう中野のスケーターと、古くから友人のyagi mokkoさん。アクリル什器に関しては、大阪でアクリル造作を得意とする職人に、僕がデザインした設計図をもとに具現化してもらっています。電気工事も含めて、関わっているメンバーは基本的に全員スケーターですね。デザイン自体はすべて自分で担当しています。
WHIMSYはスケートボードから生まれたブランドであり、クルーでもあります。ただスケートをそのままアウトプットすると、スケートショップやスケートパークになっていくと思うんですけど、僕自身は少し違う捉え方をしていて。街でスケートをしてきたからこそ、モノの見方の角度や、既存のものの使い方を工夫する癖が身についたと思っています。分かりやすい例が、この照明です。使っているのは、ホームセンターなどで売られている、ごく普通の電気部材なんですよね。通常であれば、電気工事ではそれを天井裏に隠す。でも、そういった汎用的なパーツを、そのままデザインとして成立させる発想は、街でスケートをしているときに「このスポット、こう使ったら面白いよね」と考える感覚にすごく近い。
アクリルの什器も同じで、実は空輸用のカーゴコンテナから着想を得ています。あれって真ん中でパカっと割れる構造になっているんですが、その仕組みをアクリルで再構築したものです。普通なら、アクリルでこういう発想にはならないと思うんですけど、スケートをしてきたからこそ「これ、別の使い方できないかな?」と考える癖が染みついている。一見するとスケートの要素は見えにくいかもしれませんが、僕の中ではこの店の作り方やデザインの根っこは、すべてスケートボードの思考そのものなんです。だからこそ、庭を手がけたVeigのメンバーや電気工事のチームも、同じスケーター同士として僕のアイデアを面白がってくれました。「こんなことやったことないけど、確かに面白いね」って言ってもらえたのは、すごく印象に残っています。
いわゆる“スケートショップらしさ”が前面に出ていないのが印象的でした。
あんまり好みではなくて。いかにもスケーターが作った“スケボーっぽい店”が。もちろんそれが悪いわけではないんですけど、自分の中ではそこにそのまま着地するのは違うなと思っていて。僕の中にはちゃんとロジックがあって、「なぜこうするのか」というレイヤーがすべて積み重なっています。WHIMSYはこれまで、スケーターに向けたソックスを軸に展開してきましたし、スケートボードは間違いなく自分のバックボーンです。物事の見方や、かっこいい、かっこよくないを判断する基準は、すべてスケートからもらったものだと思っています。上手いスケーターや、本当にかっこいいと思えるスケーターにソックスを送ったり、業界やコミュニティへのサポートはこれからも変わらず続けていくつもりです。
そもそも、なぜソックスを軸にブランドをスタートさせたのでしょうか?
スケートスポットでよく見かける光景があって。パン屋のTシャツを着ているやつとか、マイナーなバンドのTシャツを着ているやつとか。そういう人に出会うと「なんか面白そうだな」と思って、自然と話しかけていたんです。でも、いわゆるファッションブランドのロゴTシャツを着ている人には、なぜかあまり興味を持てなかった。自分が洋服のブランドをやりたいと思ったときに、「じゃあ自分は自分のブランドのロゴTシャツを着たいのか?」と考えたら、それは違うなと思ったんです。自分があまり惹かれないタイプのものを、自分で作るのも違うなと。だったら「“何とか屋さん”のような存在になれないか」と考えました。パン屋や本屋のように、そのカルチャーや背景ごと提示できるようなあり方。その延長線上で、自分にとって一番身近だったスケートボードから逆算していったんです。スケートを構成する要素を順番に考えると、ウィール、デッキ、シューズ、そしてソックス。ちょうどその頃、ソックスはまだ本格的に開発されていない領域でした。だったら、そこを突き詰めてみようと。それが、WHIMSYがソックスから始まった理由です。
いわゆる“スケーターっぽくない”服装をしているスケーターの方が、かっこよく見えるという感覚でしょうか?
近いかもしれないですね。Tシャツって、僕の中ではその人の“内側”を表すものだと思っていて。どんなグラフィックを選ぶのか、どんなメッセージを背負うのかって、その人の価値観や興味がすごく出るじゃないですか。だからこそ、自分はソックスをTシャツのような感覚で作っているんです。グラフィックをどんどん入れ替えたり、毎シーズン違う柄を展開したりしているのも、その延長線上にあります。
⻑くブランドを続ける中で、「これはブレていない」と感じるWHIMSYの核は何でしょうか?
ブレていない部分で言うと、やっぱり“人”ですね。高校生の頃に作ったスケートチームが、そのまま形を変えながら会社になり、気づけば10年以上ブランドを続けている。そう考えると、やっていることは大きくなっていても、根っこの部分はずっと変わっていないんです。特に大きいのは、当時のメンバーが誰一人抜けていないこと。環境も立場も変わっているのに、同じ仲間と続けてこられている。それ自体が、WHIMSYの核だと思っています。
素敵なお話ですね。
高校生のときに出会って、「明日から俺ら、チーム名つけて滑ろうよ」と言って始まった最初のクルーが、今もそのまま続いているんです。
ソックス以外のアイテムや、新しいアイテムの展開について考えていることはありますか?
今回『WHIMSY TOKYO』を作ったことで、自分の今の趣味嗜好がかなり明確になった気がしています。「この空間に並んでいて自然に見える服って何だろう」と考えるようになりました。東京店に関しては、もう少し自分の趣味に振り切ったものを、小さなコレクションとして展開してみたいと思っています。より細かな違和感を宿した洋服というか、この空間のデザインと並んだときに「これがあったら絶対にかっこいい」と思えるものを、ここだけで作るのも面白いかなと。東京という場所だからこそできる実験を、少しずつ形にしていきたいですね。
大阪を中心に若い世代とも自然にリンクしている印象がありますが、その背景にはどんな経緯があるのでしょうか?
きっかけはやっぱりスケートスポットですね。そこで出会うことが多いです。スケートボードの面白いところは、年齢が関係ないことだと思っています。本当に、おじさんから子どもまで精神年齢が同じなんですよ(笑)。そこに上下関係みたいなものがあまりなくて、同じ目線で話せる。東京店を作ってからも、中学生の常連の子がいたり、一方で自分の服を気に入ってくれている55歳くらいの方がいたりします。でも、その2人がスケートという共通言語で自然に会話していたりするんです。世代を超えて同じテンションでつながれる。その空気感が、僕はすごく素敵だなと思っています。
今後東京旗艦店では、どのようなことを感じ取って欲しいですか?
僕は、洋服も含めてすべては“体験とセット”だと思っているんです。ここでは、僕が毎日お店にいます。自分が直接お客さんに「この服はこういう意図で作っていて、ここが面白い」と伝えることができます。デザイナーがエンドユーザーと日常的に直接話せる場所って、意外と多くないと思うんです。でも、その対話こそが大事だと思っていて。どういう背景で作られたのか、どう着たらかっこいいのかを理解した上で持ち帰ってもらえたら、その服をより愛せるはずですし、自信を持って着られると思う。自分が作ったものだからこそ、最後まで責任を持って届けたい。だから僕にとっては、“物を買う”という行為の先に服がある。東京店では、その一連の体験そのものをプレゼントできたら嬉しいですね。
確かにきっかけを生むことは重要ですね。
だからこそ、この場所を単なる“服を買う店”にはしたくなくて。例えば、コーヒーショップに入ってもらったり、季節が良いときには庭でだらだら話せるような空気をつくれたらいいなと思っています。
今後のWHIMSYとしての展望を教えて下さい。
世界の“かっこいい奴ら”に、日本のかっこよさをちゃんと見せてやりたい、という気持ちがあります。だから展望としては、やっぱり外へ出ていくこと。アンテナの立っている人たちに届く場所まで、自然に広げていきたい。自分のバックグラウンドには常にスケートボードがあります。スケートは、表現の根底にはいつも流れている。でも、スケーターだけのブランドにしたいわけではないし、スケーター以外をかっこいいと思わない、なんてこともまったくない。スケートはあくまで自分の言語のひとつ。それを通して、日本の感覚や美意識をどう翻訳していくか。東京という場所から世界へ向けて、その実験を続けていきたいですね。
中井宗太
高校時代に結成したスケートクルーを原点にブランド WHIMSYを設立。大阪を拠点にセレクトショップ『COFLO』を立ち上げ、多様なカルチャーブランドから新進気鋭の若手レーベルまでを独自の視点でキュレーションしてきた。2025年12月には、ブランド初のオンリーショップ『WHIMSY TOKYO』をオープン。大阪と東京の2拠点を軸に、プロダクトの提案にとどまらず、“体験”を内包したブランドの在り方を提示している。空間設計や立地、そこで生まれるコミュニケーションまでも含めて、WHIMSYという世界観を構築し続けている。
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