
Rewrite
💿一緒に聴きたいBGM:Mr.Children 「Tomorrow never knows」
2025年11月30日。携帯のニュースを開くたびに、指先の温度が少しだけ下がる。ニッポンのエンターテインメントやカルチャーが中国に届く日を心待ちに丸で囲っていた誰かのカレンダーから、その印が消されてしまった⎯⎯そんな知らせが次々に流れてくる。
無限大の可能性を掲げるボーイズグループが予定していた現地ファンイベントが中止となったほか、栄光の架け橋を掛けるフォークデュオはアジアツアーの中国公演を取りやめた。いくつものSeasonを巡らせてきた平成の歌姫による上海公演も、開催前日に「不可抗力」を理由に中止が発表された。お笑いの総合商社”のコメディイベントは開催見送りとなり、夢、遊び、感動を創り出すアニメ関連イベントでは、ライブ中に照明や音響が停止し、途中終了を余儀なくされた。さらに、新作映画の公開延期やミュージカルの中止も報じられており、すでに公開され中国市場で興行成績を伸ばしている作品も今後の展開に不透明感が生じている。
もしかしたら今後、ファッションにおいても、ブランドとニッポンカルチャーとのコラボレーションにも影響が及ぶかもしれない。自分の知識が及ばない部分へ言及するつもりはないが、ただひとつ。文化の交流にブレーキをかけて、いったい誰が救われるのだろうとは思う。
上海のランウェイで見た美しい服と光と音に思いを馳せて、文章を綴る。
◇ ◇ ◇
じっとした湿気がまだ行き場を決めかねて漂う、10月中旬の午後の上海。蘇州河沿いをレンタサイクルでゆっくり走る。上海市内での移動は自転車に限る。川面に映る午後の陽は眠たげに揺れ、街全体が午後だけの静けさにそっと身を委ねていた。
※蘇州河
上海の中心を横断して流れる川で、街の歴史を支えてきた存在。最終的に上海最大の川である黄浦江に合流し、その河口近くには歴史的建築が立ち並ぶ有名な観光地である外灘(ワイタン) が広がる。古い倉庫がカフェやギャラリーに生まれ変わり、レトロと現代が溶け合う景色が魅力的なエリア。
道すがら、窓が大きく割れ、外壁が剥がれた古い倉庫の前で、誰かがシャッターを切っていた。繁栄と喧騒のすぐ隣に、20世紀のまま時間が止まったような場所が、この街の路地裏にはまだ残っている。
そんな風景を横目に向かうのは、LABELHOODが主催する「アオイエス(AO YES)」のコレクションだ。
※LABELHOOD
2016年以降、“若い才能の登竜門”としてファッションウィーク内で独自のプログラムを展開。今回迎えたコレクションは通算20回目となり、上海ファッションウィークのサテライト的存在から、いまでは若手デザイナーの最重要発表の場のひとつに数えられている。
チケットを手配してくれたのは、保護猫の師匠であり、アオイエスのデザイナーとも親交が深いミヤさん。彼女は上海でサステナブル繊維「PLA(ポリ乳酸)」の製品開発を行うベンチャーを運営し、ファッションをより良くするために情熱を灯している。
※PLA(ポリ乳酸)
100%植物由来の環境負荷が非常に小さい生分解性プラスチック繊維。ポリエステルに比べてのCO₂排出量を約80%削減できるカーボンニュートラル対応素材で、天然の速乾・抗菌性・弱酸性に加えて、近年は強度・染色性が劇的に向上し、紡績次第でシルク級の滑らかさも実現可能となる日常使いにも対応可能なサステナブル繊維。
そして僕がロックダウンの季節を共に過ごした相棒猫のキラは今、ミヤさんと暮らしている。キラの柔らかい背中と開発された新しい素材をそっと撫でながら、どちらも確かに未来へ向かって歩き続けている⎯⎯そんな気がした。

“元相棒猫”のキラ
AO YES
会場は再開発エリアである「都市の渓谷」と呼ばれる蘇河湾に立つ蘇河皓司(SUHE HAUS)。重たいコンクリートと黒い窓枠の影が地面に落ち、それを覆うように赤と白の布が揺れていた。

劇場の裏側へ迷い込んだような気配のまま扉を開けると、外の音がふっと切れて空気の密度が変わり、ホリゾントの白い壁とガラスに囲まれたクリーンな空間の中で天井から吊るされた写真のパネルが午後の日差しを吸い込むように揺れていた。

Image by: AO YES
ブランドを手掛けるのは、メディアの世界で経験を積んだワン・インチャオ(Austin Wang)と、日本の文化服装学院を卒業したリュウ・エンソン(Yansong Liu)。異なるキャリアを持つ二人が2022年にブランドを立ち上げ、「ザラ(ZARA)」とのカプセルコレクションや東レ(TORAY)とLABELHOODが主催する「Ultrasuede Innovation Award」を獲得するなど、中国発の新しいクリエイションとして注目されている国潮(グオチャオ)の新鋭の一人である。
彼らは言う。
「伝統は重く抱える必要はない。軽くしてもなお残るもの―そこにこそ本物がある」
“Tradition doesn’t need to be carried with weight. What remains even when it’s made lighter — that’s the part that’s real.”
その言葉の通り、この日のコレクションでも、”洗練されたデザインとしてのフットワークの軽やかな伝統”が垣間見えた。
今シーズンのテーマは「春風に酔いしれる夜」。日本にも留学経験がある中国の近代小说家であり、孤独や弱さを隠さずに綴り感情の作家と呼ばれた郁达夫(ユィターフー)の代表的な短編の題名だ。
ミニマルなビートにマリンバやアコースティックギターが混ざったエレクトリックな音楽が流れる。ファーストルックのチャイナドレスのラインは伝統的な強さをわずかに残しながら、裾へ向かうほど空気に溶けていく。

Image by: AO YES
中国の服装の典型的なディテールである盤扣(ばんこう:中国伝統の結び方で作られた、花のような形をした布や紐の装飾ボタン)は装飾的なリボンの結び目となり、荷包(中国の伝統的な巾着のような財布)はドレスにやわらかく沈むポケットやラグジュアリーなハンドバッグとして再解釈されていた。
色使いは情緒的で鮮やかだった。少し濡れたようなくすんだイエロー。翡翠のようなアイスグリーン。朝焼けのようなピンクと夕焼けのような緋色。夜の入り口みたいなネイビー。雲紋が流れるような総柄。どれも強さはあるがその素材は軽く、シアーな空気を纏い、照明と音をすくうたびに柔らかさへ変わっていった。
折り紙で追ったような構築的な蝶のモチーフが羽ばたく白いブラウス。金糸のように微かに輝くタイトドレス、風が背中へと抜けるネイビーのセットアップ、柔らかく揺れるアイスグリーンのロングドレス、穏やかに呼吸する赤のワンピースが存在を主張していた。
細やかな刺繍とチャイナ釦の反復、肌が透けて見える素材の重なり、繊細な切り替え。モデルが歩くとその輪郭が揺らぎ、その揺れが服の続きを見せているようだった。
メンズではミッドカーフのワイドパンツや短いショーツに、花柄のロングシャツや白いカフスが特徴的なビッグシルエットのジャケットが合わせられ、足元は素足にコインローファーと光沢のあるレザーの鼻緒のビーチサンダル。風の通り道がそのまま爽やかに服に刻まれていた。
観客は誰もが息を飲んで、その生地の流れと弛みを追う。その視線が静寂した空気をさらに澄ませる。僕もスティーブ・ジョブスの“置き土産”越しではなく、肉眼でその揺らぎをつかまえようとした。柔らかな布とそれを抑えるステッチが生きているように震えて、その隙間からきらめきと余白がこぼれ、その一瞬だけ世界が柔らかくほどけていくように思えた。
8ON8
街の輪郭がゆっくりと滲みはじめ、ライトアップが街の鼓動を浮かび上がらせる夜7時。果物屋の前でひっくり返っていたレンタサイクルをそっと起こし、埃を払ってからペダルを踏み込む。
上海ファッションウィークで合同展「シン・ショールーム(XIN SHOWROOM)」を手掛ける幸田康利さんに無理を言って席を確保してもらった「8ON8」のコレクション会場に向かう。幸田さんは、日本のブランドを上海ファッションウィークへ橋渡ししてきた第一人者で、最近ではその橋を逆向きにもかけ直すように、中国のブランドを日本に招きポップアップを仕掛けている。
新天地から少し東、つまりそれはニッポンの方へ走っていくと、街の密度がゆっくり薄くなり、黒い緑の中でライトアップされた太平湖が姿を見せた。湖に映った色とりどりの灯りは小さな鼓動のようにゆれながら水面に沈み、夜の入口を形作っていた。

騒がしい人波を抜けて湖の畔のホールに入ると、ステージの両端に配置された赤と緑の大きなトウガラシのオブジェがわずかに光をまとって立っていた。湿度のせいなのかオブジェの色は膨張して見え、その表面が呼吸しているようにふっと揺らいで見えた。
ブランドを率いるゴン・リー(Li Gong)は、セントラル・セント・マーチンズ在学中にLVMHグランプリで奨学金を受賞したデザイナーだ。卒業後、2017年にブランドを立ち上げ、翌年の上海ファッションウィークでデビューした。いまではパリやミラノ、ロンドンでも発表を行い、日本を含む世界のセレクトショップへ流通が広がっている。「アシックス(ASICS)」や「プーマ(PUMA)」との協業なども通して、ブランドのコンセプトである「レトロ・フューチャリズム」を軸にその世界観を外へ押し広げている。
今シーズンのテーマは「Runner the Dreamer」。
ブランドは今年で8周年を迎える。中国語の“8”は「発」と同じ響きを持ち、「発展する」「拡大する」「富む」⎯⎯そんな未来へ開いていく意味が重ねられ、縁起が良いとされる数字。そしてブランド名とも呼応するこの特別な節目のコレクションには、ただの周年では片づけられない高揚に溢れていた。“さらに前へ進んでいく”という意志が、言葉より先に服の線に宿っていたように感じた。
足元には金色のランウェイが伸び、会場全体をひとつの器のように包み込んでいた。ざわめきの中で静寂が一度だけ訪れ、暗闇に細い線が引かれたような刹那、リミックスされたビートルズの「Tomorrow Never Knows」が流れ、不意にモデルたちが駆け抜けながら眼前に現れた。

Image by: 8ON8
鮮やかなスニーカーの軽やかな足音が床に沈み、その反動で照明が跳ね返るように揺れた。息を飲み込む暇もなく空気が前へ押し出される。ショーの始まりは、この忙しない街のどこかを切り取ったようシーンのように見えた。
静止した状態ではなく、動き続ける中で完成するものとして混ざり合うスポーツウェアの合理性とモードが持つ余白。ミルクホワイト、ネイビー、ブラウンに、差し色として若さの衝動そのもののようなショッキングピンクや、エナジードリンクのようなライムグリーン、夕闇に暮れるまでの空の表現したようなブルーパープルが混ざる。
続いたのは、肩の力が抜けたオーバーシルエットジャケット、丈が短く幅広の裾がパイピングされたジョギングショーツ、余白を残して風を受けとめるメッシュ素材のトップス、ベースボールキャップに合わせたチューブトップと大きなバルーンスカート。光を吸う薄いナイロンのブルゾンから垂れ下がる細いドローコードはスポットライトとスピードの中で残像を残しながら揺れていた。
フィナーレでは、「Tomorrow Never Knows」の原曲が流れ、反復するビートとともに、モデル全員が、もう一度颯爽とランウェイをぐるっと走り抜ける。その時が一番、それぞれの服の鮮やかさが映えて見えた。観客の歓声と拍手で会場の温度がひとつ上がり、全体が前へ傾いたように感じた。
ショーが終わり外に出ると、夜気がひゅっと袖口に入り込む。思っていたよりずっと肌寒く、そこで汗をかいていたことに気付いた。夜の帳は完全に落ち、照明が落ちた黒い湖面は微かに揺れていた。それは風のせいではなく、服たちに残った“スピードの余韻”が水面に触れたのだと、ほんの少しだけ本気で思った。
◇ ◇ ◇
未曽有のウイルスで国境が閉ざされたあの頃、海外で学んでいたファッションの学生たちは明るい未来に押し戻されるように中国へ帰っていった。 そして、外の世界が遠ざかるにつれて、人々、特に若い人たちの目は自分たちの“半径1メートル”へ注がれた。
中国ならではの素材や柄の息づかい、記憶に溶け込んだ技術や文化、長い時間の中でも輪郭を手放さずに残っていた伝統のかけら、チャイナボタンや刺繍に宿る静かな手仕事。 それらを誇りに思うという奥ゆかしい衝動と共感は、国潮(グオチャオ)というトレンドとして反映された。
その流れを後押しするように、上海ファッションウィークは若手支援のエコシステムを広げた。さらに、上海ファッションデザイナーズ協会は若手向けの研修プログラムやVISAクリエイタープログラムを整備し、上述のLABELHOODはクリエイター発掘の場としてショーケース枠を拡張、上海文化発展基金会は文化支援ファンドを拡大するなど、中国発のブランドが独立性を保ちながら活動できる環境がコロナを通じてより整ったと言える。こうした仕組みも相まって、AO YES、8ON8が本来のクリエーションの実力とともにグローバルなブランドとして成長していったことは必然だと思う。
最近は訪れることは少なくなったので、あくまで私見ではあるが、「Rakuten Fashion Week TOKYO」は、ブランドのクリエイティビティやバックボーン、ストリートのエッセンスや前衛性など、多様な表現を発信する場としての役割を強め、ニッポン独自の美意識やデザイン、アイデンティティを提示するプラットフォームとしての立場を確立しているように感じる。
一方で、国内消費を取り巻く環境が変化し、とりわけ高価格帯商品への購買意欲が慎重化している中国では、買い付けを行うバイヤーのお財布事情にも影響が及んでいることもあってか、今回訪れた「上海ファッションウィーク」は、かつての“拡大一辺倒”の路線から転じ、グローバルへの流通とコミュニケーションの機能を維持しつつ、消費行動の変化やマーケットの質的再評価を前提とした「適応フェーズ」に移行していると感じた。
加速と静止
拡大と適応
現代と伝統
未来と記憶
中国と世界
そのどれでもあり、どれでもない境界を許容する街だからこそ、上海は今、ファッション都市としてオリジナリティをもって前に進んでいるのかもしれない。
砂漠に迷い込んだように喉が渇いたので、コンビニで限りなく炭酸水に近い青島ビールを買って、日本とイギリスの2つの「Tomorrow never knows」を交互に聴きながら帰路に着く。
「心を静めて 力を抜き 流れに身を任せるのだ」
“Turn off your mind, relax and float down-stream”
「心のまま僕はゆくのさ 誰も知ることのない明日へ」
僕の心のベストテンに入るシンガーソングライターたちがそう唄うなら、きっと明日はそうなんだろう、そう思った。

群馬県桐生市出身。早稲田大学第一文学部卒業。在学中に、友人とブランド「トウキョウリッパー(TOKYO RIPPER)」を設立し、卒業と同年に東京コレクションにデビュー。ブランド休止後、下町のOEMメーカー、雇われ社長、繊維商社のM&A部門、レディースアパレルメーカーでの上海勤務を経て、現在は化粧品会社に勤務。
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💿一緒に聴きたいBGM:Mr.Children 「Tomorrow never knows」
2025年11月30日。携帯のニュースを開くたびに、指先の温度が少しだけ下がる。ニッポンのエンターテインメントやカルチャーが中国に届く日を心待ちに丸で囲っていた誰かのカレンダーから、その印が消されてしまった⎯⎯そんな知らせが次々に流れてくる。
無限大の可能性を掲げるボーイズグループが予定していた現地ファンイベントが中止となったほか、栄光の架け橋を掛けるフォークデュオはアジアツアーの中国公演を取りやめた。いくつものSeasonを巡らせてきた平成の歌姫による上海公演も、開催前日に「不可抗力」を理由に中止が発表された。お笑いの総合商社”のコメディイベントは開催見送りとなり、夢、遊び、感動を創り出すアニメ関連イベントでは、ライブ中に照明や音響が停止し、途中終了を余儀なくされた。さらに、新作映画の公開延期やミュージカルの中止も報じられており、すでに公開され中国市場で興行成績を伸ばしている作品も今後の展開に不透明感が生じている。
もしかしたら今後、ファッションにおいても、ブランドとニッポンカルチャーとのコラボレーションにも影響が及ぶかもしれない。自分の知識が及ばない部分へ言及するつもりはないが、ただひとつ。文化の交流にブレーキをかけて、いったい誰が救われるのだろうとは思う。
上海のランウェイで見た美しい服と光と音に思いを馳せて、文章を綴る。
◇ ◇ ◇
じっとした湿気がまだ行き場を決めかねて漂う、10月中旬の午後の上海。蘇州河沿いをレンタサイクルでゆっくり走る。上海市内での移動は自転車に限る。川面に映る午後の陽は眠たげに揺れ、街全体が午後だけの静けさにそっと身を委ねていた。
※蘇州河
上海の中心を横断して流れる川で、街の歴史を支えてきた存在。最終的に上海最大の川である黄浦江に合流し、その河口近くには歴史的建築が立ち並ぶ有名な観光地である外灘(ワイタン) が広がる。古い倉庫がカフェやギャラリーに生まれ変わり、レトロと現代が溶け合う景色が魅力的なエリア。
道すがら、窓が大きく割れ、外壁が剥がれた古い倉庫の前で、誰かがシャッターを切っていた。繁栄と喧騒のすぐ隣に、20世紀のまま時間が止まったような場所が、この街の路地裏にはまだ残っている。
そんな風景を横目に向かうのは、LABELHOODが主催する「アオイエス(AO YES)」のコレクションだ。
※LABELHOOD
2016年以降、“若い才能の登竜門”としてファッションウィーク内で独自のプログラムを展開。今回迎えたコレクションは通算20回目となり、上海ファッションウィークのサテライト的存在から、いまでは若手デザイナーの最重要発表の場のひとつに数えられている。
チケットを手配してくれたのは、保護猫の師匠であり、アオイエスのデザイナーとも親交が深いミヤさん。彼女は上海でサステナブル繊維「PLA(ポリ乳酸)」の製品開発を行うベンチャーを運営し、ファッションをより良くするために情熱を灯している。
※PLA(ポリ乳酸)
100%植物由来の環境負荷が非常に小さい生分解性プラスチック繊維。ポリエステルに比べてのCO₂排出量を約80%削減できるカーボンニュートラル対応素材で、天然の速乾・抗菌性・弱酸性に加えて、近年は強度・染色性が劇的に向上し、紡績次第でシルク級の滑らかさも実現可能となる日常使いにも対応可能なサステナブル繊維。
そして僕がロックダウンの季節を共に過ごした相棒猫のキラは今、ミヤさんと暮らしている。キラの柔らかい背中と開発された新しい素材をそっと撫でながら、どちらも確かに未来へ向かって歩き続けている⎯⎯そんな気がした。

“元相棒猫”のキラ
AO YES
会場は再開発エリアである「都市の渓谷」と呼ばれる蘇河湾に立つ蘇河皓司(SUHE HAUS)。重たいコンクリートと黒い窓枠の影が地面に落ち、それを覆うように赤と白の布が揺れていた。

劇場の裏側へ迷い込んだような気配のまま扉を開けると、外の音がふっと切れて空気の密度が変わり、ホリゾントの白い壁とガラスに囲まれたクリーンな空間の中で天井から吊るされた写真のパネルが午後の日差しを吸い込むように揺れていた。

Image by: AO YES
ブランドを手掛けるのは、メディアの世界で経験を積んだワン・インチャオ(Austin Wang)と、日本の文化服装学院を卒業したリュウ・エンソン(Yansong Liu)。異なるキャリアを持つ二人が2022年にブランドを立ち上げ、「ザラ(ZARA)」とのカプセルコレクションや東レ(TORAY)とLABELHOODが主催する「Ultrasuede Innovation Award」を獲得するなど、中国発の新しいクリエイションとして注目されている国潮(グオチャオ)の新鋭の一人である。
彼らは言う。
「伝統は重く抱える必要はない。軽くしてもなお残るもの―そこにこそ本物がある」
“Tradition doesn’t need to be carried with weight. What remains even when it’s made lighter — that’s the part that’s real.”
その言葉の通り、この日のコレクションでも、”洗練されたデザインとしてのフットワークの軽やかな伝統”が垣間見えた。
今シーズンのテーマは「春風に酔いしれる夜」。日本にも留学経験がある中国の近代小说家であり、孤独や弱さを隠さずに綴り感情の作家と呼ばれた郁达夫(ユィターフー)の代表的な短編の題名だ。
ミニマルなビートにマリンバやアコースティックギターが混ざったエレクトリックな音楽が流れる。ファーストルックのチャイナドレスのラインは伝統的な強さをわずかに残しながら、裾へ向かうほど空気に溶けていく。

Image by: AO YES
中国の服装の典型的なディテールである盤扣(ばんこう:中国伝統の結び方で作られた、花のような形をした布や紐の装飾ボタン)は装飾的なリボンの結び目となり、荷包(中国の伝統的な巾着のような財布)はドレスにやわらかく沈むポケットやラグジュアリーなハンドバッグとして再解釈されていた。
色使いは情緒的で鮮やかだった。少し濡れたようなくすんだイエロー。翡翠のようなアイスグリーン。朝焼けのようなピンクと夕焼けのような緋色。夜の入り口みたいなネイビー。雲紋が流れるような総柄。どれも強さはあるがその素材は軽く、シアーな空気を纏い、照明と音をすくうたびに柔らかさへ変わっていった。
折り紙で追ったような構築的な蝶のモチーフが羽ばたく白いブラウス。金糸のように微かに輝くタイトドレス、風が背中へと抜けるネイビーのセットアップ、柔らかく揺れるアイスグリーンのロングドレス、穏やかに呼吸する赤のワンピースが存在を主張していた。
細やかな刺繍とチャイナ釦の反復、肌が透けて見える素材の重なり、繊細な切り替え。モデルが歩くとその輪郭が揺らぎ、その揺れが服の続きを見せているようだった。
メンズではミッドカーフのワイドパンツや短いショーツに、花柄のロングシャツや白いカフスが特徴的なビッグシルエットのジャケットが合わせられ、足元は素足にコインローファーと光沢のあるレザーの鼻緒のビーチサンダル。風の通り道がそのまま爽やかに服に刻まれていた。
観客は誰もが息を飲んで、その生地の流れと弛みを追う。その視線が静寂した空気をさらに澄ませる。僕もスティーブ・ジョブスの“置き土産”越しではなく、肉眼でその揺らぎをつかまえようとした。柔らかな布とそれを抑えるステッチが生きているように震えて、その隙間からきらめきと余白がこぼれ、その一瞬だけ世界が柔らかくほどけていくように思えた。
8ON8
街の輪郭がゆっくりと滲みはじめ、ライトアップが街の鼓動を浮かび上がらせる夜7時。果物屋の前でひっくり返っていたレンタサイクルをそっと起こし、埃を払ってからペダルを踏み込む。
上海ファッションウィークで合同展「シン・ショールーム(XIN SHOWROOM)」を手掛ける幸田康利さんに無理を言って席を確保してもらった「8ON8」のコレクション会場に向かう。幸田さんは、日本のブランドを上海ファッションウィークへ橋渡ししてきた第一人者で、最近ではその橋を逆向きにもかけ直すように、中国のブランドを日本に招きポップアップを仕掛けている。
新天地から少し東、つまりそれはニッポンの方へ走っていくと、街の密度がゆっくり薄くなり、黒い緑の中でライトアップされた太平湖が姿を見せた。湖に映った色とりどりの灯りは小さな鼓動のようにゆれながら水面に沈み、夜の入口を形作っていた。

騒がしい人波を抜けて湖の畔のホールに入ると、ステージの両端に配置された赤と緑の大きなトウガラシのオブジェがわずかに光をまとって立っていた。湿度のせいなのかオブジェの色は膨張して見え、その表面が呼吸しているようにふっと揺らいで見えた。
ブランドを率いるゴン・リー(Li Gong)は、セントラル・セント・マーチンズ在学中にLVMHグランプリで奨学金を受賞したデザイナーだ。卒業後、2017年にブランドを立ち上げ、翌年の上海ファッションウィークでデビューした。いまではパリやミラノ、ロンドンでも発表を行い、日本を含む世界のセレクトショップへ流通が広がっている。「アシックス(ASICS)」や「プーマ(PUMA)」との協業なども通して、ブランドのコンセプトである「レトロ・フューチャリズム」を軸にその世界観を外へ押し広げている。
今シーズンのテーマは「Runner the Dreamer」。
ブランドは今年で8周年を迎える。中国語の“8”は「発」と同じ響きを持ち、「発展する」「拡大する」「富む」⎯⎯そんな未来へ開いていく意味が重ねられ、縁起が良いとされる数字。そしてブランド名とも呼応するこの特別な節目のコレクションには、ただの周年では片づけられない高揚に溢れていた。“さらに前へ進んでいく”という意志が、言葉より先に服の線に宿っていたように感じた。
足元には金色のランウェイが伸び、会場全体をひとつの器のように包み込んでいた。ざわめきの中で静寂が一度だけ訪れ、暗闇に細い線が引かれたような刹那、リミックスされたビートルズの「Tomorrow Never Knows」が流れ、不意にモデルたちが駆け抜けながら眼前に現れた。

Image by: 8ON8
鮮やかなスニーカーの軽やかな足音が床に沈み、その反動で照明が跳ね返るように揺れた。息を飲み込む暇もなく空気が前へ押し出される。ショーの始まりは、この忙しない街のどこかを切り取ったようシーンのように見えた。
静止した状態ではなく、動き続ける中で完成するものとして混ざり合うスポーツウェアの合理性とモードが持つ余白。ミルクホワイト、ネイビー、ブラウンに、差し色として若さの衝動そのもののようなショッキングピンクや、エナジードリンクのようなライムグリーン、夕闇に暮れるまでの空の表現したようなブルーパープルが混ざる。
続いたのは、肩の力が抜けたオーバーシルエットジャケット、丈が短く幅広の裾がパイピングされたジョギングショーツ、余白を残して風を受けとめるメッシュ素材のトップス、ベースボールキャップに合わせたチューブトップと大きなバルーンスカート。光を吸う薄いナイロンのブルゾンから垂れ下がる細いドローコードはスポットライトとスピードの中で残像を残しながら揺れていた。
フィナーレでは、「Tomorrow Never Knows」の原曲が流れ、反復するビートとともに、モデル全員が、もう一度颯爽とランウェイをぐるっと走り抜ける。その時が一番、それぞれの服の鮮やかさが映えて見えた。観客の歓声と拍手で会場の温度がひとつ上がり、全体が前へ傾いたように感じた。
ショーが終わり外に出ると、夜気がひゅっと袖口に入り込む。思っていたよりずっと肌寒く、そこで汗をかいていたことに気付いた。夜の帳は完全に落ち、照明が落ちた黒い湖面は微かに揺れていた。それは風のせいではなく、服たちに残った“スピードの余韻”が水面に触れたのだと、ほんの少しだけ本気で思った。
◇ ◇ ◇
未曽有のウイルスで国境が閉ざされたあの頃、海外で学んでいたファッションの学生たちは明るい未来に押し戻されるように中国へ帰っていった。 そして、外の世界が遠ざかるにつれて、人々、特に若い人たちの目は自分たちの“半径1メートル”へ注がれた。
中国ならではの素材や柄の息づかい、記憶に溶け込んだ技術や文化、長い時間の中でも輪郭を手放さずに残っていた伝統のかけら、チャイナボタンや刺繍に宿る静かな手仕事。 それらを誇りに思うという奥ゆかしい衝動と共感は、国潮(グオチャオ)というトレンドとして反映された。
その流れを後押しするように、上海ファッションウィークは若手支援のエコシステムを広げた。さらに、上海ファッションデザイナーズ協会は若手向けの研修プログラムやVISAクリエイタープログラムを整備し、上述のLABELHOODはクリエイター発掘の場としてショーケース枠を拡張、上海文化発展基金会は文化支援ファンドを拡大するなど、中国発のブランドが独立性を保ちながら活動できる環境がコロナを通じてより整ったと言える。こうした仕組みも相まって、AO YES、8ON8が本来のクリエーションの実力とともにグローバルなブランドとして成長していったことは必然だと思う。
最近は訪れることは少なくなったので、あくまで私見ではあるが、「Rakuten Fashion Week TOKYO」は、ブランドのクリエイティビティやバックボーン、ストリートのエッセンスや前衛性など、多様な表現を発信する場としての役割を強め、ニッポン独自の美意識やデザイン、アイデンティティを提示するプラットフォームとしての立場を確立しているように感じる。
一方で、国内消費を取り巻く環境が変化し、とりわけ高価格帯商品への購買意欲が慎重化している中国では、買い付けを行うバイヤーのお財布事情にも影響が及んでいることもあってか、今回訪れた「上海ファッションウィーク」は、かつての“拡大一辺倒”の路線から転じ、グローバルへの流通とコミュニケーションの機能を維持しつつ、消費行動の変化やマーケットの質的再評価を前提とした「適応フェーズ」に移行していると感じた。
加速と静止
拡大と適応
現代と伝統
未来と記憶
中国と世界
そのどれでもあり、どれでもない境界を許容する街だからこそ、上海は今、ファッション都市としてオリジナリティをもって前に進んでいるのかもしれない。
砂漠に迷い込んだように喉が渇いたので、コンビニで限りなく炭酸水に近い青島ビールを買って、日本とイギリスの2つの「Tomorrow never knows」を交互に聴きながら帰路に着く。
「心を静めて 力を抜き 流れに身を任せるのだ」
“Turn off your mind, relax and float down-stream”
「心のまま僕はゆくのさ 誰も知ることのない明日へ」
僕の心のベストテンに入るシンガーソングライターたちがそう唄うなら、きっと明日はそうなんだろう、そう思った。

群馬県桐生市出身。早稲田大学第一文学部卒業。在学中に、友人とブランド「トウキョウリッパー(TOKYO RIPPER)」を設立し、卒業と同年に東京コレクションにデビュー。ブランド休止後、下町のOEMメーカー、雇われ社長、繊維商社のM&A部門、レディースアパレルメーカーでの上海勤務を経て、現在は化粧品会社に勤務。
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