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映画「ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー」とは
「クリスチャン・ディオール(Christian Dior、現ディオール)」のデザイナーとして活躍していたジョン・ガリアーノ(John Galliano)が、そのキャリアの絶頂期だった2011年2月、反ユダヤ主義的暴言で逮捕され、ブランドから解雇された。彼はなぜ自ら、その華やかなキャリアを捨てることになったのか——事件から13年が経った今、本人がカメラの前で洗いざらい話す。アカデミー賞を受賞した名匠ケヴィン・マクドナルド(Kevin Macdonald)監督が、彼の栄光と転落、贖罪と復帰に迫った、美しくもスキャンダラスなドキュメンタリー。9月20日公開。
目次
- 1 ガリアーノに影響を受けていないドラァグクイーンはいない
- 2 この映画を見終わった感想は「こいつガチやばいよ!」
- 3 地球のファッション史を変える、一人の天才が現れた
- 4 モデルたちを「前座」にしてしまう、出たがりなデザイナー
- 5 キャンセルカルチャーも「四十九日」を境にすればいい?
- 6 「天才の危さ」と「イノセンスな魅力」は表裏一体
- 7 我々はファッション業界のサイクルを変えられるか
- 8 人間活動と両立させた「ガリアーノ劇場」をもう一度
- 9 ガリアーノに影響を受けていないドラァグクイーンはいない
- 10 この映画を見終わった感想は「こいつガチやばいよ!」
- 11 地球のファッション史を変える、一人の天才が現れた
- 12 モデルたちを「前座」にしてしまう、出たがりなデザイナー
- 13 キャンセルカルチャーも「四十九日」を境にすればいい?
- 14 「天才の危さ」と「イノセンスな魅力」は表裏一体
- 15 我々はファッション業界のサイクルを変えられるか
- 16 人間活動と両立させた「ガリアーノ劇場」をもう一度
ガリアーノに影響を受けていないドラァグクイーンはいない
FASHIONSNAP(以下、F):本作の試写会に参加し、さまざまな思いを抱いたという御三方に集まっていただきました。みなさん今日が「初めまして」ですか?
一同:そうなんです。
ドリアン・ロロブリジーダ(以下、ドリアン):この顔ぶれはなかなかの異種格闘技戦。派手なドリカムみたいね。
シトウレイ(以下、シトウ):おもしろ過ぎて絶対引き受ける案件(笑)。
都築拓紀(以下、都築):オファーが来たとき、笑っちゃいました。今日はよろしくお願いします。
F:まずは簡単な自己紹介とガリアーノにまつわるエピソードをお願いします。
シトウ:シトウレイです。ストリートスナップのカメラマンとジャーナリストと、ほかにもいろいろやっています。ガリアーノの思い出というと、2011年の事件(※クリスチャン・ディオールのデザイナーとして活躍していたガリアーノが、パリのカフェで隣同士になったカップルに反ユダヤ主義的暴言を吐いて逮捕された)のときに私、パリでストリートスナップを撮っていたんです。現場に警察がいて、周辺ではガリアーノ擁護派と「やっぱりやらかすと思った派」が一緒にいるからピリピリしていて、もう一触即発!みたいな厳戒態勢でした。
都築:すげえ。「やっぱりやらかすと思った派」がいたんだ(笑)。
シトウ:ディオールのショーの最後はいつもガリアーノ本人が出てきて、一番盛り上がるんです。「イエー、ガリアーノだー!」みたいな。でもそのときは、白衣を着たクチュリエさんたちがお辞儀をして終わって、みんなガリアーノを見に来ているから「この感情をどうしたらいいんだ……(困惑)」みたいな感じだったのを覚えています。
F:では次にドリアンさん、お願いします。今日もゴージャスな衣装ですね。
ドリアン:ドリアン・ロロブリジーダです。私はドラァグクイーンとしてデビューした当時、「世の中にはどんなファッションがあるんだろう?」と、まず「モードェモード(MODE et MODE、パリ・オートクチュールと世界主要都市のプレタポルテを紹介する雑誌)」を読み漁っていたんです。そこでどうしたって目につくのはガリアーノのディオール。ガリアーノに影響を受けていないドラァグクイーンはいないんじゃないか、と個人的には思っています。
F:ガリアーノのスタイルを真似したりもしましたか?
ドリアン:あのスペクタクルを取り入れるのはなかなか難しいんですが、楽屋では「今日の私、ガリアーノっぽくない?」などというやり取りは沢山ありました。最近だと「マルジェラメイク(※メゾン マルジェラ2024年アーティザナルコレクションで発表され、話題となった陶器肌のメイクアップ)」をするクイーンがいたり。ドラァグクイーンの中には文化服装学院出身の人もたくさんいますし、みんな好きなジャンルなので、ファッションの話題は日常的に出てきますね。「ナオミ・キャンベル(Naomi Campbell)がまた誰か殴ったらしいわよ!」とか。
一同:(笑)
F:都築さんはストリートスナップの常連で、マルジェラのコレクターとしても知られています。
都築:芸人をやっています、四千頭身の都築拓紀です。僕は世代的にも、ガリアーノからがっつり影響を受けていたわけではないんです。映画の冒頭でも「商業的な売り上げには繋がらない」というエピソードがあったとおり、ガリアーノの作品はあまり“着られる服”ではないという印象。だから“着る側”の自分としてはそんなにアイテムを持っていなくて。もちろんあの事件とか大きいポイントは知っていたんですけど、細かな背景は今回の映画で初めて知れた感じでした。
都築:シトウさんは事件の後、日本に帰ってきて友達とガリアーノについて話をしたりしたんですか?
シトウ:私はその頃ストリートスナップをやっていて、原宿ではガリアーノをだれも知らなくて「だれとこの話をすればいいんだろう?」みたいな感じでした。
ドリアン:2丁目に来てくれたら良かったのに!
一同:(笑)
シトウ:当時は「ガリアーノは差別主義者だ」と言う人と「ガリアーノははめられた」と言う人がいたんです。あの被害者が実は俳優だったとか、全部仕組まれたとかいううわさがあって。ガリアーノを排斥するために「事件を起こした」ということにしたと。
ドリアン:そんな陰謀論みたいな説が!?
都築:今のネット社会と近いっすね!
この映画を見終わった感想は「こいつガチやばいよ!」
F:皆さんがこの映画について友達にLINEするとしたら、まず何を伝えますか?
シトウ:私だったら「2011年のあの事件の真相があるよ」。事件が起こってから「なんだったんだろう?」というモヤモヤがずっと残っていたから、それがクリアになった気がします。
ドリアン:私の場合、ガリアーノのディオール全盛期をある程度共有した人に「ほら、やっちまったじゃん? ガリアーノ。その顛末と再生の物語よ」と送るかなと思います。
都築:俺はちょうど試写を見た後に服好きの友達と会って、この話をしたんです。で、「こいつやばいわ!」って言いました。
一同:(笑)
都築:「いや、これガチやばいよ! マジめちゃくちゃだよ」と率直に言いましたね。僕は今20代後半なんですけど、リアルタイムであの事件を体験していないので「過去にそういうことがあったよね」というアーカイヴ的な感覚なんです。
シトウ:3億円事件みたい(※1968年に起きた約3億円の現金が奪われた窃盗事件)。
ドリアン:そうね、「キツネ目の男ってだれ?」みたいな(※1984年に起きたグリコ・森永事件の犯人グループの一員とされた男)。
都築:だから僕は、映画の中心となっている事件よりも「世界を代表するデザイナーってこういう道筋をたどるんだな」というところに注目していました。
地球のファッション史を変える、一人の天才が現れた
F:卒業制作のコレクションから全盛期のショーまで、さまざまな貴重なフッテージがありましたが、皆さんはあらためてどういうところにガリアーノの才能や魅力を感じましたか。
シトウ:私が印象的だったのは、ファッション業界の重鎮、アナ・ウィンター(Anna Wintour)やトップモデルたち全員がガリアーノのことをサポートするところ。やっぱり天才デザイナーはトップの人を引きつける力があるんだな、と感じましたね。
F:ケイト・モス(Kate Moss)やアンドレ・レオン・タリー(André Leon Talley)、エドワード・エニンフル(Edward Enninful)なども登場しましたね。
ドリアン:ファッション業界全体が「こいつだ!」と思ったんでしょうね。
都築:もちろんガリアーノは天才なんでしょうけど、周りのバックアップもすごかった。これからこの地球で起きるファッションの歴史を考えて、みんなが後押ししていたのがよかったなと思いましたね。
ドリアン:私はやっぱりこの人はオートクチュールの人だと思うんです。クチュールはそれこそ「だれが着るんだ?」という服ではあるけれども、ブランドとしての方向性や美学、ポリシーをランウェイで体現するもの。ガリアーノはドレスを通して人々に夢を見させる“魔力”が一番強い気がするんですよ。まさに魔法使い。ドラァグクイーン的な「非日常のアウトプット」にも相通ずるものがあります。あと演出がうまい。クィアな感性が冴えわたっています。
都築:僕は映画の序盤が印象に残っています。ガリアーノは元々スケッチばかりをしていて、実技においては不器用だったのに、学校の先生に「スケッチで線を書くように、糸を引きなさい」と言われたのを一瞬で落とし込めた。普通は「言われたって分からねえよ!」ということが大半だと思うんです。僕はけっこう不器用で考え込んじゃうタイプだから、そういうところを羨ましく感じましたね。あとこういう人って、ちゃんと必要なタイミングで転機になる人物が現れて、そういう偶然のような、必然のようなことが起きるんだな、と。
モデルたちを「前座」にしてしまう、出たがりなデザイナー
F:ガリアーノのカリスマ性や、過剰なほどのショーマンシップについては? いつも派手な扮装をしてショーのフィナーレに登場していましたね。
シトウ:当時はディオールのショーって、ランウェイのモデルが壮大な「前振り」だと言われていて。
ドリアン:前座ですからね(笑)。本人が最後「あたしよ!!!!!」と出てきて、観客も「よっ!待ってました!」となる。
都築:さっきシトウさんが事件当時の話で「みんなガリアーノを見に来ているのに出てこなくて」とサラッとおっしゃったときに、それってある種、破綻しているというか。コレクションのランウェイなのにみんながデザイナーを見に来るという(笑)。
一同:(笑)
シトウ:ショー直前って、普通はデザイナーがモデルたちのルックの最終的な手直しをするじゃないですか。ガリアーノはしないんです、自分がされている側(笑)。
ドリアン:こういうタイプってたぶん今まで一人もいないですよね?イヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent)も違うし、カール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld)も違うし。若いときは内気だったけど、18歳ぐらいからもうクラブでお尻を出していた、と言ってましたし(笑)。出たがりで、一番手に負えないタイプ。
都築:シャイボーイ特有ですよねこれ(笑)。内気であればあるほど、酔っ払うと訳分からないことをする、という典型的な。
ドリアン:でも本人が出たがりじゃなかったら、ここまでのディオールにもならなかった気がします。やっぱりスーパースターだったと思うんですよ。だれかがおっしゃってました、「ガリアーノの登場でファッションというものがいきなりロックになった」って。
シトウ:「ガリアーノ劇場」でしたもんね。
ドリアン:あの頃に比べて今、ハイファッションって面白くない気がしちゃうんです。 見せ方がうまい方はたくさんいらっしゃると思うんですけど、ここまで「ショービズ!スペクタクル!」な人はもういない。こういうことを言うと「うわ、懐古趣味のババアが」という反応がくるんでしょうけれど(笑)。
都築:そうそうそう(笑)。そういう閉鎖的な風潮は感じます。異文化が入ってくることを若い人が拒絶しちゃうところもあると思います。静電気みたいに「バチッ」となって手を放しちゃうイメージ。だからこそ、やっぱりガリアーノは「消えちゃダメな人」なんでしょうね。
キャンセルカルチャーも「四十九日」を境にすればいい?
F:ガリアーノは泥酔して差別発言をしましたが、その背景には相次ぐ大切な人の死や、アルコール依存症もあったと明かされます。本作を見て事件に対する印象は変わりましたか?
ドリアン:この作品はガリアーノに対して擁護的に描かれてはいるじゃないですか。「こんなしんどいときだったから、ちょっと許してあげてよ」みたいな。私はその方向性にまんまと乗っかって「そうなのね、大変だったのね(涙)」と思いながら見ていたわ。
都築:分かります。最後にディオールに戻るシーンを見たときはすごく切なかったんですけど「でもちょっと待って。こいつが悪いんだもんな?」みたいな(笑)。どっちなんだっけ。
ドリアン:「どのくらい悪いことをしたか?」という部分が難しいですよね。過去にとんでもない差別発言を してきた大物デザイナーはほかにもいる。なぜガリアーノだけこんなにたたかれたんだろう? もちろんとてもよくないことをおっしゃっていたのは事実。でもここまでキャンセルされることなのか。
都築:僕らも「ああいう発言はダメ」だと知識としては分かるんですけど、その文化で育ってきたわけじゃないから線引きが分からない。
シトウ:キャンセルカルチャーってここから加速しませんでした?「何を言ってもダメ」みたいな。ガリアーノが提案した着物のルック(ディオール2007年スプリングのクチュール)だって、今だったらたたかれるんじゃないかな。
ドリアン:そんなことを言ったらドラァグクイーンは「女性という文化の盗用」ですし。特にガリアーノはいろいろなカルチャーを自分の中に取り入れて作品としてアウトプットするから、その辺りは難しいなと思ってしまいました。
F:以前よりコンプライアンスが厳しくなりましたよね。
シトウ:最近いろんな業界が、いい意味で言うと「穏やかな世界」になったし、悪い意味で言うと「波風を立てたら怒られる」というふうになったと感じます。
F:マイクロアグレッション(無自覚の差別行為)という言葉も知られるようになってきました。
ドリアン:マイクロアグレッションは、例えばセクシャルマイノリティの業界でもたくさんあったりします。人はだれしも何かしらの思い込みや差別心、偏見を無自覚に持っているので、大切なのは“自覚すること”だと思うんですよ。そこをちゃんと勉強してアップデートしていく。「何も言っちゃダメ」となってしまうとあまり前向きじゃないし、新しいものを生んでいかないと思うので。私はやっぱり「生き直し」や「やり直し」が絶対できる世界じゃないと辛いな、と思っちゃう。だってみんな、そんなにきれいで潔癖なんですか!?
都築:本当にそう!! 「何も言っちゃダメ」となり始めたら「何がおもろいねん、それ」みたいな。
ドリアン:あと、極論かもしれませんが、この人たちはロクデナシだからいいんですよ。品行方正な人にカルチャーは作れない。やっぱり清濁を合わせもってこそ、成熟したものが生まれると思うんです。だってまともだったら天才じゃないし、突出しているから天才なわけで。それが正しい考えかどうかは別として、私は天才たちに世の中のルールはそんなに当てはまらなくてもいいと思っちゃう。
シトウ:「みんなで許していこうよ」みたいなことも言えたらいいのに。「四十九日が終わったら大丈夫にしよう」とか。
一同:(笑)
「天才の危さ」と「イノセンスな魅力」は表裏一体
F:本作のタイトルに「世界一愚かな天才デザイナー」とあります。彼の愚かさとは結局、何だったんでしょうか。
ドリアン:私は「天才の危さ」と「イノセンスな魅力」は表裏一体だと思っていて。「天才」という言葉の危うさや、その無責任さを痛感できる作品だな、と思いました。「あなたにとって天才とは何か」を咀嚼したり、考え直せる作品でもあると思います。
シトウ:私、ガリアーノがイノセントな理由は単純にバカなんだと思う。バカというのはピュアということ。
一同:(笑)
シトウ:「(ガリアーノは)考えが浅い」と言っていた人がいたじゃないですか。だから、ニューヨークでもジューイッシュの格好をしてまた炎上して(※2013年、ハシディズム風の服装をしたガリアーノの姿が新聞で報じられ、再びユダヤ人コミュニティを怒らせる結果となった)。きっとユダヤの勉強をしていて「この格好、かっこいいなー。やってみよう」みたいなノリだったんでしょう、子供みたいに。
都築:あれは見ていてうれしくなりました。こんなレベルの天才でもいっぱい知らないことがあるんだな、って。普通は「お前、そんなことも知らねえの?」と言われたくないからしないじゃないですか。ガリアーノは踏み込んだ上に、間違ったことをしちゃうという(笑)。
シトウ:でも、だから天才なんでしょうね。
ドリアン:そうですよ。無垢で無知で純粋。原題が「High & Low – John Galliano」なのもニクいなと思って。「ディオール」のハイ&ローもそう、作風としてのハイ&ローもそうだし、たぶんガリアーノの人生のハイ&ローもダブルミーニングにしていると思います。
我々はファッション業界のサイクルを変えられるか
F:当時ガリアーノはクリスチャン・ディオールと自身の名を冠したブランドの両方を手掛けていて、年に32回もコレクションを発表していました。そんな中で「ゆっくり死に向かっていた」と本人は語っていましたね。
シトウ:1ヶ月に3回以上でしょう? とてつもない。当時、オンラインミーティングもないですもんね。
ドリアン:今のディオールはメンズとレディースでデザイナーが分かれていますけど、あの頃はガリアーノが全部やっていたんですね……!それにしては、むしろまともなほうだったわよ!(笑)。
F:デザイナーのメンタルヘルスの問題も大事ですよね。
ドリアン:ある意味、ファッション業界がガリアーノを食い尽くして捨てたぐらいの感じだと思うんですけれども、でもファッション業界をあそこまで巨大なスペクタクルにしたのもガリアーノ。その主従のバランスが難しいなと思います。
シトウ:コロナ禍のロックダウン中に「一度立ち止まろう」という流れがありました。「年8回もコレクションを作らなきゃいけないのはさすがにおかしかろう。メンズとレディースを一緒にして少なくしよう」みたいな動きが、デザイナーたちの間で起こったんですよ。でも結局、パンデミックが明けてその話はなくなっちゃった。
ドリアン:あんな疫病でも変わらなかった価値観が変わるのは、なかなかのことがないと。
シトウ:ただ、やっぱりファッション業界は一度立ち止まって考えなきゃいけない時期ではあるとは私は思う。そうじゃないとこんなに才能がある人も擦り切れるし。「それは人間としてどうなのか?」となっちゃうから。
ドリアン:「LVMH(※ディオールを傘下に置く世界最大規模のラグジュアリーコングロマリット)」と「ケリング(※ライバル関係にある企業)」が「1回ちょっと合併しまーす。もう競争しないのでそれぞれベースでやっていきましょう」ぐらい言ってくれないと、無理ですよね。
都築:雇われているデザイナーは「やれ」と言われたら絶対やるしかないですもんね、結局は。
シトウ:ファッション業界はヒエラルキーがしっかりしているので、トップが変わらないと変わらないんだろうな。「プレコレクションをやめよう」「クチュールを年1回にしよう」みたいな流れになったら、いずれサイクルが変わるかもしれないですね。
人間活動と両立させた「ガリアーノ劇場」をもう一度
F:ガリアーノはもうお酒も飲まず、パーティもしないそうです。今後の彼にどんな活動を期待しますか?
シトウ:ガリアーノに「シャネル(CHANEL)」に行ってほしい。クリエイションはもちろんだけど、マルジェラと違ってシャネルならショーの最後に出られると思うので、それは見てみたいな。
都築:もう一度「ガリアーノを見に来る」という流れのショーを見てみたいですよね。
ドリアン:私はこの作品を見たら「もうゆっくりやんな」と思ってしまいました。パートナーと海を見ている表情が本当に穏やかだったから「あんたはよく頑張った(涙)。もう個人のブランドでほどほどにやってくれればいいよ」って。
F:宇多田ヒカルさんの「人間活動」のように、アーティストにも人としての時間が必要ですよね(※2010年から長期休養に入る際、「人間活動に専念する」と発表した)。
都築:確かに。ブランドから「出てよ」と頼まれてやるんじゃなくて、その穏やかな生活の中で何かをきっかけに「もう一度、俺出ようかな」と思ってやる「ガリアーノ劇場」は見てみたい。
ドリアン:世界はガリアーノにクチュールを求めているんじゃないの?
シトウ:そうだよね。クチュールだけやってもらって、ほかはデザイナーを立ててもらって。
ドリアン:分業制にしましょうよ、そのほうがほかの人にチャンスも渡るし。今64歳ならまだいろいろできるなー。どこかの国の国立歌劇団の衣装とかも見てみたい。
シトウ:それがいい! 人間としての幸せを見つけてヘルシーに過ごした上で、やりたいことをやってほしい。
ドリアン:ガリアーノがやりたそうなものってなんだろう……。それこそアナ・ウィンターのお葬式のプロデュースとか?
一同:(苦笑)
F:今後「次なるガリアーノ」が生まれたら世界はどうなるでしょうか。
都築:欲を言うと、そんなデザイナーが日本から出てきたら自分は一番うれしいです。
ドリアン:そういう人が出てきたときに、また助けてあげられるような懐の広い業界であってほしいですね。ちょっとやそっとの「やらかし」は大目に見てほしい。余白や余裕って大切よ。余白がある世界だからこそ、こういうファッションが楽しめるんです。
都築:今日はシトウさんとドリアンさんとご一緒するから、僕も久々に遊び心でスタイリングを組んでみようと思って。真夏にファーのダウンベストなんて「帰りに駅のトイレで絶対タンクトップに着替えるわ」と思ったし、腕時計2個とか本当に無意味だけど(笑)。僕の中ではこの映画を見て、意味があって選んだ部分があるんです。別にだれに伝わるわけでもない、そんな個人の発想がちゃんと愛をもって尊重される世界になればうれしいです。
ドリアン:それがダイバーシティよ。みんな好きな服を着ましょうよ!
一同:はい!!!!
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映画「ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー」とは
「クリスチャン・ディオール(Christian Dior、現ディオール)」のデザイナーとして活躍していたジョン・ガリアーノ(John Galliano)が、そのキャリアの絶頂期だった2011年2月、反ユダヤ主義的暴言で逮捕され、ブランドから解雇された。彼はなぜ自ら、その華やかなキャリアを捨てることになったのか——事件から13年が経った今、本人がカメラの前で洗いざらい話す。アカデミー賞を受賞した名匠ケヴィン・マクドナルド(Kevin Macdonald)監督が、彼の栄光と転落、贖罪と復帰に迫った、美しくもスキャンダラスなドキュメンタリー。9月20日公開。
ガリアーノに影響を受けていないドラァグクイーンはいない
FASHIONSNAP(以下、F):本作の試写会に参加し、さまざまな思いを抱いたという御三方に集まっていただきました。みなさん今日が「初めまして」ですか?
一同:そうなんです。
ドリアン・ロロブリジーダ(以下、ドリアン):この顔ぶれはなかなかの異種格闘技戦。派手なドリカムみたいね。
シトウレイ(以下、シトウ):おもしろ過ぎて絶対引き受ける案件(笑)。
都築拓紀(以下、都築):オファーが来たとき、笑っちゃいました。今日はよろしくお願いします。
F:まずは簡単な自己紹介とガリアーノにまつわるエピソードをお願いします。
シトウ:シトウレイです。ストリートスナップのカメラマンとジャーナリストと、ほかにもいろいろやっています。ガリアーノの思い出というと、2011年の事件(※クリスチャン・ディオールのデザイナーとして活躍していたガリアーノが、パリのカフェで隣同士になったカップルに反ユダヤ主義的暴言を吐いて逮捕された)のときに私、パリでストリートスナップを撮っていたんです。現場に警察がいて、周辺ではガリアーノ擁護派と「やっぱりやらかすと思った派」が一緒にいるからピリピリしていて、もう一触即発!みたいな厳戒態勢でした。
都築:すげえ。「やっぱりやらかすと思った派」がいたんだ(笑)。
シトウ:ディオールのショーの最後はいつもガリアーノ本人が出てきて、一番盛り上がるんです。「イエー、ガリアーノだー!」みたいな。でもそのときは、白衣を着たクチュリエさんたちがお辞儀をして終わって、みんなガリアーノを見に来ているから「この感情をどうしたらいいんだ……(困惑)」みたいな感じだったのを覚えています。
F:では次にドリアンさん、お願いします。今日もゴージャスな衣装ですね。
ドリアン:ドリアン・ロロブリジーダです。私はドラァグクイーンとしてデビューした当時、「世の中にはどんなファッションがあるんだろう?」と、まず「モードェモード(MODE et MODE、パリ・オートクチュールと世界主要都市のプレタポルテを紹介する雑誌)」を読み漁っていたんです。そこでどうしたって目につくのはガリアーノのディオール。ガリアーノに影響を受けていないドラァグクイーンはいないんじゃないか、と個人的には思っています。
F:ガリアーノのスタイルを真似したりもしましたか?
ドリアン:あのスペクタクルを取り入れるのはなかなか難しいんですが、楽屋では「今日の私、ガリアーノっぽくない?」などというやり取りは沢山ありました。最近だと「マルジェラメイク(※メゾン マルジェラ2024年アーティザナルコレクションで発表され、話題となった陶器肌のメイクアップ)」をするクイーンがいたり。ドラァグクイーンの中には文化服装学院出身の人もたくさんいますし、みんな好きなジャンルなので、ファッションの話題は日常的に出てきますね。「ナオミ・キャンベル(Naomi Campbell)がまた誰か殴ったらしいわよ!」とか。
一同:(笑)
F:都築さんはストリートスナップの常連で、マルジェラのコレクターとしても知られています。
都築:芸人をやっています、四千頭身の都築拓紀です。僕は世代的にも、ガリアーノからがっつり影響を受けていたわけではないんです。映画の冒頭でも「商業的な売り上げには繋がらない」というエピソードがあったとおり、ガリアーノの作品はあまり“着られる服”ではないという印象。だから“着る側”の自分としてはそんなにアイテムを持っていなくて。もちろんあの事件とか大きいポイントは知っていたんですけど、細かな背景は今回の映画で初めて知れた感じでした。
都築:シトウさんは事件の後、日本に帰ってきて友達とガリアーノについて話をしたりしたんですか?
シトウ:私はその頃ストリートスナップをやっていて、原宿ではガリアーノをだれも知らなくて「だれとこの話をすればいいんだろう?」みたいな感じでした。
ドリアン:2丁目に来てくれたら良かったのに!
一同:(笑)
シトウ:当時は「ガリアーノは差別主義者だ」と言う人と「ガリアーノははめられた」と言う人がいたんです。あの被害者が実は俳優だったとか、全部仕組まれたとかいううわさがあって。ガリアーノを排斥するために「事件を起こした」ということにしたと。
ドリアン:そんな陰謀論みたいな説が!?
都築:今のネット社会と近いっすね!
この映画を見終わった感想は「こいつガチやばいよ!」
F:皆さんがこの映画について友達にLINEするとしたら、まず何を伝えますか?
シトウ:私だったら「2011年のあの事件の真相があるよ」。事件が起こってから「なんだったんだろう?」というモヤモヤがずっと残っていたから、それがクリアになった気がします。
ドリアン:私の場合、ガリアーノのディオール全盛期をある程度共有した人に「ほら、やっちまったじゃん? ガリアーノ。その顛末と再生の物語よ」と送るかなと思います。
都築:俺はちょうど試写を見た後に服好きの友達と会って、この話をしたんです。で、「こいつやばいわ!」って言いました。
一同:(笑)
都築:「いや、これガチやばいよ! マジめちゃくちゃだよ」と率直に言いましたね。僕は今20代後半なんですけど、リアルタイムであの事件を体験していないので「過去にそういうことがあったよね」というアーカイヴ的な感覚なんです。
シトウ:3億円事件みたい(※1968年に起きた約3億円の現金が奪われた窃盗事件)。
ドリアン:そうね、「キツネ目の男ってだれ?」みたいな(※1984年に起きたグリコ・森永事件の犯人グループの一員とされた男)。
都築:だから僕は、映画の中心となっている事件よりも「世界を代表するデザイナーってこういう道筋をたどるんだな」というところに注目していました。
地球のファッション史を変える、一人の天才が現れた
F:卒業制作のコレクションから全盛期のショーまで、さまざまな貴重なフッテージがありましたが、皆さんはあらためてどういうところにガリアーノの才能や魅力を感じましたか。
シトウ:私が印象的だったのは、ファッション業界の重鎮、アナ・ウィンター(Anna Wintour)やトップモデルたち全員がガリアーノのことをサポートするところ。やっぱり天才デザイナーはトップの人を引きつける力があるんだな、と感じましたね。
F:ケイト・モス(Kate Moss)やアンドレ・レオン・タリー(André Leon Talley)、エドワード・エニンフル(Edward Enninful)なども登場しましたね。
ドリアン:ファッション業界全体が「こいつだ!」と思ったんでしょうね。
都築:もちろんガリアーノは天才なんでしょうけど、周りのバックアップもすごかった。これからこの地球で起きるファッションの歴史を考えて、みんなが後押ししていたのがよかったなと思いましたね。
ドリアン:私はやっぱりこの人はオートクチュールの人だと思うんです。クチュールはそれこそ「だれが着るんだ?」という服ではあるけれども、ブランドとしての方向性や美学、ポリシーをランウェイで体現するもの。ガリアーノはドレスを通して人々に夢を見させる“魔力”が一番強い気がするんですよ。まさに魔法使い。ドラァグクイーン的な「非日常のアウトプット」にも相通ずるものがあります。あと演出がうまい。クィアな感性が冴えわたっています。
都築:僕は映画の序盤が印象に残っています。ガリアーノは元々スケッチばかりをしていて、実技においては不器用だったのに、学校の先生に「スケッチで線を書くように、糸を引きなさい」と言われたのを一瞬で落とし込めた。普通は「言われたって分からねえよ!」ということが大半だと思うんです。僕はけっこう不器用で考え込んじゃうタイプだから、そういうところを羨ましく感じましたね。あとこういう人って、ちゃんと必要なタイミングで転機になる人物が現れて、そういう偶然のような、必然のようなことが起きるんだな、と。
モデルたちを「前座」にしてしまう、出たがりなデザイナー
F:ガリアーノのカリスマ性や、過剰なほどのショーマンシップについては? いつも派手な扮装をしてショーのフィナーレに登場していましたね。
シトウ:当時はディオールのショーって、ランウェイのモデルが壮大な「前振り」だと言われていて。
ドリアン:前座ですからね(笑)。本人が最後「あたしよ!!!!!」と出てきて、観客も「よっ!待ってました!」となる。
都築:さっきシトウさんが事件当時の話で「みんなガリアーノを見に来ているのに出てこなくて」とサラッとおっしゃったときに、それってある種、破綻しているというか。コレクションのランウェイなのにみんながデザイナーを見に来るという(笑)。
一同:(笑)
シトウ:ショー直前って、普通はデザイナーがモデルたちのルックの最終的な手直しをするじゃないですか。ガリアーノはしないんです、自分がされている側(笑)。
ドリアン:こういうタイプってたぶん今まで一人もいないですよね?イヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent)も違うし、カール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld)も違うし。若いときは内気だったけど、18歳ぐらいからもうクラブでお尻を出していた、と言ってましたし(笑)。出たがりで、一番手に負えないタイプ。
都築:シャイボーイ特有ですよねこれ(笑)。内気であればあるほど、酔っ払うと訳分からないことをする、という典型的な。
ドリアン:でも本人が出たがりじゃなかったら、ここまでのディオールにもならなかった気がします。やっぱりスーパースターだったと思うんですよ。だれかがおっしゃってました、「ガリアーノの登場でファッションというものがいきなりロックになった」って。
シトウ:「ガリアーノ劇場」でしたもんね。
ドリアン:あの頃に比べて今、ハイファッションって面白くない気がしちゃうんです。 見せ方がうまい方はたくさんいらっしゃると思うんですけど、ここまで「ショービズ!スペクタクル!」な人はもういない。こういうことを言うと「うわ、懐古趣味のババアが」という反応がくるんでしょうけれど(笑)。
都築:そうそうそう(笑)。そういう閉鎖的な風潮は感じます。異文化が入ってくることを若い人が拒絶しちゃうところもあると思います。静電気みたいに「バチッ」となって手を放しちゃうイメージ。だからこそ、やっぱりガリアーノは「消えちゃダメな人」なんでしょうね。
キャンセルカルチャーも「四十九日」を境にすればいい?
F:ガリアーノは泥酔して差別発言をしましたが、その背景には相次ぐ大切な人の死や、アルコール依存症もあったと明かされます。本作を見て事件に対する印象は変わりましたか?
ドリアン:この作品はガリアーノに対して擁護的に描かれてはいるじゃないですか。「こんなしんどいときだったから、ちょっと許してあげてよ」みたいな。私はその方向性にまんまと乗っかって「そうなのね、大変だったのね(涙)」と思いながら見ていたわ。
都築:分かります。最後にディオールに戻るシーンを見たときはすごく切なかったんですけど「でもちょっと待って。こいつが悪いんだもんな?」みたいな(笑)。どっちなんだっけ。
ドリアン:「どのくらい悪いことをしたか?」という部分が難しいですよね。過去にとんでもない差別発言を してきた大物デザイナーはほかにもいる。なぜガリアーノだけこんなにたたかれたんだろう? もちろんとてもよくないことをおっしゃっていたのは事実。でもここまでキャンセルされることなのか。
都築:僕らも「ああいう発言はダメ」だと知識としては分かるんですけど、その文化で育ってきたわけじゃないから線引きが分からない。
シトウ:キャンセルカルチャーってここから加速しませんでした?「何を言ってもダメ」みたいな。ガリアーノが提案した着物のルック(ディオール2007年スプリングのクチュール)だって、今だったらたたかれるんじゃないかな。
ドリアン:そんなことを言ったらドラァグクイーンは「女性という文化の盗用」ですし。特にガリアーノはいろいろなカルチャーを自分の中に取り入れて作品としてアウトプットするから、その辺りは難しいなと思ってしまいました。
F:以前よりコンプライアンスが厳しくなりましたよね。
シトウ:最近いろんな業界が、いい意味で言うと「穏やかな世界」になったし、悪い意味で言うと「波風を立てたら怒られる」というふうになったと感じます。
F:マイクロアグレッション(無自覚の差別行為)という言葉も知られるようになってきました。
ドリアン:マイクロアグレッションは、例えばセクシャルマイノリティの業界でもたくさんあったりします。人はだれしも何かしらの思い込みや差別心、偏見を無自覚に持っているので、大切なのは“自覚すること”だと思うんですよ。そこをちゃんと勉強してアップデートしていく。「何も言っちゃダメ」となってしまうとあまり前向きじゃないし、新しいものを生んでいかないと思うので。私はやっぱり「生き直し」や「やり直し」が絶対できる世界じゃないと辛いな、と思っちゃう。だってみんな、そんなにきれいで潔癖なんですか!?
都築:本当にそう!! 「何も言っちゃダメ」となり始めたら「何がおもろいねん、それ」みたいな。
ドリアン:あと、極論かもしれませんが、この人たちはロクデナシだからいいんですよ。品行方正な人にカルチャーは作れない。やっぱり清濁を合わせもってこそ、成熟したものが生まれると思うんです。だってまともだったら天才じゃないし、突出しているから天才なわけで。それが正しい考えかどうかは別として、私は天才たちに世の中のルールはそんなに当てはまらなくてもいいと思っちゃう。
シトウ:「みんなで許していこうよ」みたいなことも言えたらいいのに。「四十九日が終わったら大丈夫にしよう」とか。
一同:(笑)
「天才の危さ」と「イノセンスな魅力」は表裏一体
F:本作のタイトルに「世界一愚かな天才デザイナー」とあります。彼の愚かさとは結局、何だったんでしょうか。
ドリアン:私は「天才の危さ」と「イノセンスな魅力」は表裏一体だと思っていて。「天才」という言葉の危うさや、その無責任さを痛感できる作品だな、と思いました。「あなたにとって天才とは何か」を咀嚼したり、考え直せる作品でもあると思います。
シトウ:私、ガリアーノがイノセントな理由は単純にバカなんだと思う。バカというのはピュアということ。
一同:(笑)
シトウ:「(ガリアーノは)考えが浅い」と言っていた人がいたじゃないですか。だから、ニューヨークでもジューイッシュの格好をしてまた炎上して(※2013年、ハシディズム風の服装をしたガリアーノの姿が新聞で報じられ、再びユダヤ人コミュニティを怒らせる結果となった)。きっとユダヤの勉強をしていて「この格好、かっこいいなー。やってみよう」みたいなノリだったんでしょう、子供みたいに。
都築:あれは見ていてうれしくなりました。こんなレベルの天才でもいっぱい知らないことがあるんだな、って。普通は「お前、そんなことも知らねえの?」と言われたくないからしないじゃないですか。ガリアーノは踏み込んだ上に、間違ったことをしちゃうという(笑)。
シトウ:でも、だから天才なんでしょうね。
ドリアン:そうですよ。無垢で無知で純粋。原題が「High & Low – John Galliano」なのもニクいなと思って。「ディオール」のハイ&ローもそう、作風としてのハイ&ローもそうだし、たぶんガリアーノの人生のハイ&ローもダブルミーニングにしていると思います。
我々はファッション業界のサイクルを変えられるか
F:当時ガリアーノはクリスチャン・ディオールと自身の名を冠したブランドの両方を手掛けていて、年に32回もコレクションを発表していました。そんな中で「ゆっくり死に向かっていた」と本人は語っていましたね。
シトウ:1ヶ月に3回以上でしょう? とてつもない。当時、オンラインミーティングもないですもんね。
ドリアン:今のディオールはメンズとレディースでデザイナーが分かれていますけど、あの頃はガリアーノが全部やっていたんですね……!それにしては、むしろまともなほうだったわよ!(笑)。
F:デザイナーのメンタルヘルスの問題も大事ですよね。
ドリアン:ある意味、ファッション業界がガリアーノを食い尽くして捨てたぐらいの感じだと思うんですけれども、でもファッション業界をあそこまで巨大なスペクタクルにしたのもガリアーノ。その主従のバランスが難しいなと思います。
シトウ:コロナ禍のロックダウン中に「一度立ち止まろう」という流れがありました。「年8回もコレクションを作らなきゃいけないのはさすがにおかしかろう。メンズとレディースを一緒にして少なくしよう」みたいな動きが、デザイナーたちの間で起こったんですよ。でも結局、パンデミックが明けてその話はなくなっちゃった。
ドリアン:あんな疫病でも変わらなかった価値観が変わるのは、なかなかのことがないと。
シトウ:ただ、やっぱりファッション業界は一度立ち止まって考えなきゃいけない時期ではあるとは私は思う。そうじゃないとこんなに才能がある人も擦り切れるし。「それは人間としてどうなのか?」となっちゃうから。
ドリアン:「LVMH(※ディオールを傘下に置く世界最大規模のラグジュアリーコングロマリット)」と「ケリング(※ライバル関係にある企業)」が「1回ちょっと合併しまーす。もう競争しないのでそれぞれベースでやっていきましょう」ぐらい言ってくれないと、無理ですよね。
都築:雇われているデザイナーは「やれ」と言われたら絶対やるしかないですもんね、結局は。
シトウ:ファッション業界はヒエラルキーがしっかりしているので、トップが変わらないと変わらないんだろうな。「プレコレクションをやめよう」「クチュールを年1回にしよう」みたいな流れになったら、いずれサイクルが変わるかもしれないですね。
人間活動と両立させた「ガリアーノ劇場」をもう一度
F:ガリアーノはもうお酒も飲まず、パーティもしないそうです。今後の彼にどんな活動を期待しますか?
シトウ:ガリアーノに「シャネル(CHANEL)」に行ってほしい。クリエイションはもちろんだけど、マルジェラと違ってシャネルならショーの最後に出られると思うので、それは見てみたいな。
都築:もう一度「ガリアーノを見に来る」という流れのショーを見てみたいですよね。
ドリアン:私はこの作品を見たら「もうゆっくりやんな」と思ってしまいました。パートナーと海を見ている表情が本当に穏やかだったから「あんたはよく頑張った(涙)。もう個人のブランドでほどほどにやってくれればいいよ」って。
F:宇多田ヒカルさんの「人間活動」のように、アーティストにも人としての時間が必要ですよね(※2010年から長期休養に入る際、「人間活動に専念する」と発表した)。
都築:確かに。ブランドから「出てよ」と頼まれてやるんじゃなくて、その穏やかな生活の中で何かをきっかけに「もう一度、俺出ようかな」と思ってやる「ガリアーノ劇場」は見てみたい。
ドリアン:世界はガリアーノにクチュールを求めているんじゃないの?
シトウ:そうだよね。クチュールだけやってもらって、ほかはデザイナーを立ててもらって。
ドリアン:分業制にしましょうよ、そのほうがほかの人にチャンスも渡るし。今64歳ならまだいろいろできるなー。どこかの国の国立歌劇団の衣装とかも見てみたい。
シトウ:それがいい! 人間としての幸せを見つけてヘルシーに過ごした上で、やりたいことをやってほしい。
ドリアン:ガリアーノがやりたそうなものってなんだろう……。それこそアナ・ウィンターのお葬式のプロデュースとか?
一同:(苦笑)
F:今後「次なるガリアーノ」が生まれたら世界はどうなるでしょうか。
都築:欲を言うと、そんなデザイナーが日本から出てきたら自分は一番うれしいです。
ドリアン:そういう人が出てきたときに、また助けてあげられるような懐の広い業界であってほしいですね。ちょっとやそっとの「やらかし」は大目に見てほしい。余白や余裕って大切よ。余白がある世界だからこそ、こういうファッションが楽しめるんです。
都築:今日はシトウさんとドリアンさんとご一緒するから、僕も久々に遊び心でスタイリングを組んでみようと思って。真夏にファーのダウンベストなんて「帰りに駅のトイレで絶対タンクトップに着替えるわ」と思ったし、腕時計2個とか本当に無意味だけど(笑)。僕の中ではこの映画を見て、意味があって選んだ部分があるんです。別にだれに伝わるわけでもない、そんな個人の発想がちゃんと愛をもって尊重される世界になればうれしいです。
ドリアン:それがダイバーシティよ。みんな好きな服を着ましょうよ!
一同:はい!!!!
Image by Masahiro Muramatsu
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