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レインボーディスコクラブレジデントDJ KIKIORIXが語る現在地とその先

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今や世界を代表する野外ダンスミュージックフェスへと成長を遂げた「RAINBOW DISCO CLUB(レインボー ディスコ クラブ)」。2010年、東京・晴海客船ターミナルで産声を上げた同フェスは、今年で17年目を迎える。高品質なサウンドシステムと唯一無二のロケーションを武器に独自のポジションを確立し、コロナ禍における配信や開催中止といった困難を乗り越えながら、約15年にわたりシーンを牽引してきた。

これまでにもBen UFO(ベンユーフォー)やDIXON(ディクソン)、Floating Points(フローティングポインツ)といった世界的DJ/プロデューサーを招聘し、その審美眼とキュレーションで国内外のクラブカルチャーに大きな影響を与えてきた。日本のダンス/ディスコミュージック・ファンにとって、本フェスは単なるイベントにとどまらない、かけがえのない存在だと言える。

そこで『Hypebeast』は、「RAINBOW DISCO CLUB 2026」の開催に先駆けて、ある1人のDJにメールインタビューを実施した。「RAINBOW DISCO CLUB」のレジデントDJでありグラフィックデザイナーでもあるKikiorix(キキオリックス)だ。2000年代、ロンドンを拠点にキャリアをスタートさせた彼は、東ロンドンのクラブシーンで経験を積みながら独自の感性を磨いてきた。その後も国内外のフェスティバルや名門クラブでプレイを重ね、現在に至るまで第一線で活動を続けている。

約15年にわたり「RAINBOW DISCO CLUB」と歩みを共にしてきたKikiorixは、どのようにシーンと向き合い、変化を捉えてきたのか。本インタビューでは、そのルーツから現在地、そしてこれから見据える未来について話を聞いた。


自分のスタイルをしっかりと保ちながら、その場にいる多くの人を楽しませることができるDJこそが、良いDJだと感じています

Hypebeast:まずは自己紹介をお願いします。現在の活動や拠点について教えてください。

KIKIORIX:福島県いわき市出身で、現在は東京を拠点に活動しています。「RAINBOW DISCO CLUB」のレジデントDJを務めながら、グラフィックデザイナーとしても活動しております。

2026年の「RAINBOW DISCO CLUB」出演にあたって、プレイ面で意識している変化やテーマはありますか?

より多くの人に楽しんでもらえるプレイを意識しています。例年に比べて、今回はシンプルな構成のハウスミュージックを少し多めに取り入れながら、フロア全体にしっかりと届くようなセットを組み立てたいと考えています。

「RAINBOW DISCO CLUB」が日本のクラブシーンに与えた影響をどう見ていますか?

ジャンルや世代を越えて人が集まる場として、良い影響を与えていると感じています。

長年レジデントを務める中で、フェスやコミュニティとの関係性はどう変化してきましたか?

大きくは変わっていないと思います。初期メンバーは昔からの友人で、ずっと一緒に遊んでいる感覚です。中身はあまり変わっていないですが(笑)、若い世代や新しいファミリーが増えてきているのは嬉しいです。

2000年代ロンドンでの経験

2000年代にロンドンでプレイしていた当時のシーンについて、どのような空気感だったと記憶していますか?

エレクトロクラッシュが落ち着いていく流れと、ミニマルが盛り上がっていく流れの狭間にあった時期でした。イーストロンドンのクラブはどこも熱気がすごくて、今でもあの熱量は強く印象に残っています。そんな中でTomoki Tamuraや現「RAINBOW DISCO CLUB」のREDBULL STAGEを担当しているTakaと“Holic”というパーティーを必死に続けていました。

当時影響を受けたクラブやDJ、ムーブメントがあれば教えてください。

ロンドンでは、『fabric』によく通っていました。そこで体験したRicardo Villalobos(リカルド・ヴィラロボス)とLuciano(ルチアーノ)のB2Bは本当に衝撃的でした。それから、secretsundaze(シークレットサンデーズ)の人気も非常に高くて、シーンの熱量を強く感じていました。また、ショーディッチにあった『T Bar』では、Andrew Weatherall(アンドリュー・ウェザオール)とIvan Smagghe(イヴァン・スマッジ)が月曜からプレイしていたのも印象に残っています。

ロンドンでの経験は、自身のDJスタイルや音楽観にどのような影響を与えましたか?

もともとポジティブな音楽が好きですが、ロンドンにいたことで、ダークな方向の音楽も探すようになりました。

日本に戻ってから、その経験がどのように活きたと感じていますか?

音楽的な部分以上に、言葉もわからない土地で生活した経験が大きくて。結果的にかなりタフになったと思います。

KIKIORIXさんのセットはジャンルを横断しながらも独自のグルーヴがありますが、選曲の軸にあるものは何ですか?

最近は、フロアにいる多くの人が自然と踊れる音楽であることを一つの軸にしています。その中で、自分が影響を受けてきた1980年〜1990年代の要素をどこまで織り込めるかを意識しながら、バランスを取りつつ選曲しています。

長年プレイを続ける中で、“良いDJ”の定義とはなんでしょうか?

以前はオリジナリティの強さに価値を感じていましたが、今は少し考え方が変わりました。自分のスタイルをしっかりと保ちながら、その場にいる多くの人を楽しませることができるDJこそが、良いDJだと感じています。

グラフィック活動の経緯

グラフィックアーティストとしての活動についても教えてください。どのような経緯で始まったのでしょうか?

アーティストというよりは、職業としてグラフィックデザイナーを続けています。最初は友人のフライヤー制作から始まり、20代中盤で広告デザイン会社に入社したことをきっかけに、本格的に取り組むようになりました。現在は「REALROCKDESIGN」に所属し、フルタイムでデザインの仕事をしています。

音楽とビジュアル、それぞれの制作はどのように影響し合っていますか?

デザインに関しては、レコードジャケットやフライヤーからアイデアを得ることが多いですね。一方で、デザインの経験がDJプレイに直接影響しているかというと、そこまで強くはないかもしれません。

デザインにおいても“クラブカルチャー”の影響はありますか?

あります。制作における考え方としても、サンプリングやエディットといった感覚は強く影響しています。クラブカルチャーで培われたそうした手法が、デザインにも自然と反映されていると思います。

2000年代から現在に至るまで日本のクラブシーンの変化をどのように見ていますか?

以前よりも参加のハードルが下がって、自由度は上がったと感じます。昔は少し部活的な空気があったようにも思いますし。

特に東京のシーンにおいて、面白いと感じている動きや世代はありますか?

それぞれの世代が独自に面白い動きをしていると感じています。中でも、20代で1970年代のディスコを掘っている層は特に興味深いですね。50年近く前の音楽をフラットな感覚でいるところが印象的です。

海外と比較したとき、日本のクラブカルチャーの独自性はどこにあると思いますか?

細部へのこだわりが非常に強いところだと思います。音響や空間づくりに対する意識の細やかさは、海外と比較しても日本ならではの特徴だと感じています。

次世代へ繋ぐDJ哲学

あなたにとってDJとはどのような存在ですか?

人生としか言いようがないです。友人や奥さん、仕事も含めて、すべてDJを通じてのつながりです。

長く活動を続ける中で、大切にしている価値観やスタンスを教えてください。

「迷惑かけない!」。チーム内でみんなで言い合っているシンプルなルールです。

今後挑戦してみたいことや、新たに取り組みたい表現はありますか?

ディスコエディットをもっと作っていきたいと思っています。

若いDJやクリエイターに向けて、伝えたいことがあれば教えてください。

DJを一生懸命続けていきましょう。

KIKIORIX
福島県いわき市出身、東京を拠点に活動するDJ/グラフィックデザイナー。「RAINBOW DISCO CLUB」のレジデントDJを務める。2000年代にロンドンへ渡り、東ロンドンのクラブシーンでキャリアをスタート。帰国後は国内外のフェスティバルやクラブに出演し、確かな選曲眼と独自のグルーヴでフロアを築いてきた。デザイナーとしても20年以上のキャリアを持ち、現在はREALROCKDESIGNに所属。音楽とビジュアルの両軸で活動を続けている。

RAINBOW DISCO CLUB
2010年に東京・晴海客船ターミナルでスタートした、日本を代表する野外ダンスミュージックフェスティバル。高品質なサウンドシステムとロケーションにこだわった空間づくりで独自の地位を確立し、国内外のクラブカルチャーを横断するキュレーションで高い評価を得ている。これまでに数多くの世界的DJ/プロデューサーを招聘し、シーンに大きな影響を与えてきた。コロナ禍においても配信や開催形態の変化を通じて継続し、現在に至るまで日本のダンスミュージックシーンを牽引し続けている。

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今や世界を代表する野外ダンスミュージックフェスへと成長を遂げた「RAINBOW DISCO CLUB(レインボー ディスコ クラブ)」。2010年、東京・晴海客船ターミナルで産声を上げた同フェスは、今年で17年目を迎える。高品質なサウンドシステムと唯一無二のロケーションを武器に独自のポジションを確立し、コロナ禍における配信や開催中止といった困難を乗り越えながら、約15年にわたりシーンを牽引してきた。

これまでにもBen UFO(ベンユーフォー)やDIXON(ディクソン)、Floating Points(フローティングポインツ)といった世界的DJ/プロデューサーを招聘し、その審美眼とキュレーションで国内外のクラブカルチャーに大きな影響を与えてきた。日本のダンス/ディスコミュージック・ファンにとって、本フェスは単なるイベントにとどまらない、かけがえのない存在だと言える。

そこで『Hypebeast』は、「RAINBOW DISCO CLUB 2026」の開催に先駆けて、ある1人のDJにメールインタビューを実施した。「RAINBOW DISCO CLUB」のレジデントDJでありグラフィックデザイナーでもあるKikiorix(キキオリックス)だ。2000年代、ロンドンを拠点にキャリアをスタートさせた彼は、東ロンドンのクラブシーンで経験を積みながら独自の感性を磨いてきた。その後も国内外のフェスティバルや名門クラブでプレイを重ね、現在に至るまで第一線で活動を続けている。

約15年にわたり「RAINBOW DISCO CLUB」と歩みを共にしてきたKikiorixは、どのようにシーンと向き合い、変化を捉えてきたのか。本インタビューでは、そのルーツから現在地、そしてこれから見据える未来について話を聞いた。


自分のスタイルをしっかりと保ちながら、その場にいる多くの人を楽しませることができるDJこそが、良いDJだと感じています

Hypebeast:まずは自己紹介をお願いします。現在の活動や拠点について教えてください。

KIKIORIX:福島県いわき市出身で、現在は東京を拠点に活動しています。「RAINBOW DISCO CLUB」のレジデントDJを務めながら、グラフィックデザイナーとしても活動しております。

2026年の「RAINBOW DISCO CLUB」出演にあたって、プレイ面で意識している変化やテーマはありますか?

より多くの人に楽しんでもらえるプレイを意識しています。例年に比べて、今回はシンプルな構成のハウスミュージックを少し多めに取り入れながら、フロア全体にしっかりと届くようなセットを組み立てたいと考えています。

「RAINBOW DISCO CLUB」が日本のクラブシーンに与えた影響をどう見ていますか?

ジャンルや世代を越えて人が集まる場として、良い影響を与えていると感じています。

長年レジデントを務める中で、フェスやコミュニティとの関係性はどう変化してきましたか?

大きくは変わっていないと思います。初期メンバーは昔からの友人で、ずっと一緒に遊んでいる感覚です。中身はあまり変わっていないですが(笑)、若い世代や新しいファミリーが増えてきているのは嬉しいです。

2000年代ロンドンでの経験

2000年代にロンドンでプレイしていた当時のシーンについて、どのような空気感だったと記憶していますか?

エレクトロクラッシュが落ち着いていく流れと、ミニマルが盛り上がっていく流れの狭間にあった時期でした。イーストロンドンのクラブはどこも熱気がすごくて、今でもあの熱量は強く印象に残っています。そんな中でTomoki Tamuraや現「RAINBOW DISCO CLUB」のREDBULL STAGEを担当しているTakaと“Holic”というパーティーを必死に続けていました。

当時影響を受けたクラブやDJ、ムーブメントがあれば教えてください。

ロンドンでは、『fabric』によく通っていました。そこで体験したRicardo Villalobos(リカルド・ヴィラロボス)とLuciano(ルチアーノ)のB2Bは本当に衝撃的でした。それから、secretsundaze(シークレットサンデーズ)の人気も非常に高くて、シーンの熱量を強く感じていました。また、ショーディッチにあった『T Bar』では、Andrew Weatherall(アンドリュー・ウェザオール)とIvan Smagghe(イヴァン・スマッジ)が月曜からプレイしていたのも印象に残っています。

ロンドンでの経験は、自身のDJスタイルや音楽観にどのような影響を与えましたか?

もともとポジティブな音楽が好きですが、ロンドンにいたことで、ダークな方向の音楽も探すようになりました。

日本に戻ってから、その経験がどのように活きたと感じていますか?

音楽的な部分以上に、言葉もわからない土地で生活した経験が大きくて。結果的にかなりタフになったと思います。

KIKIORIXさんのセットはジャンルを横断しながらも独自のグルーヴがありますが、選曲の軸にあるものは何ですか?

最近は、フロアにいる多くの人が自然と踊れる音楽であることを一つの軸にしています。その中で、自分が影響を受けてきた1980年〜1990年代の要素をどこまで織り込めるかを意識しながら、バランスを取りつつ選曲しています。

長年プレイを続ける中で、“良いDJ”の定義とはなんでしょうか?

以前はオリジナリティの強さに価値を感じていましたが、今は少し考え方が変わりました。自分のスタイルをしっかりと保ちながら、その場にいる多くの人を楽しませることができるDJこそが、良いDJだと感じています。

グラフィック活動の経緯

グラフィックアーティストとしての活動についても教えてください。どのような経緯で始まったのでしょうか?

アーティストというよりは、職業としてグラフィックデザイナーを続けています。最初は友人のフライヤー制作から始まり、20代中盤で広告デザイン会社に入社したことをきっかけに、本格的に取り組むようになりました。現在は「REALROCKDESIGN」に所属し、フルタイムでデザインの仕事をしています。

音楽とビジュアル、それぞれの制作はどのように影響し合っていますか?

デザインに関しては、レコードジャケットやフライヤーからアイデアを得ることが多いですね。一方で、デザインの経験がDJプレイに直接影響しているかというと、そこまで強くはないかもしれません。

デザインにおいても“クラブカルチャー”の影響はありますか?

あります。制作における考え方としても、サンプリングやエディットといった感覚は強く影響しています。クラブカルチャーで培われたそうした手法が、デザインにも自然と反映されていると思います。

2000年代から現在に至るまで日本のクラブシーンの変化をどのように見ていますか?

以前よりも参加のハードルが下がって、自由度は上がったと感じます。昔は少し部活的な空気があったようにも思いますし。

特に東京のシーンにおいて、面白いと感じている動きや世代はありますか?

それぞれの世代が独自に面白い動きをしていると感じています。中でも、20代で1970年代のディスコを掘っている層は特に興味深いですね。50年近く前の音楽をフラットな感覚でいるところが印象的です。

海外と比較したとき、日本のクラブカルチャーの独自性はどこにあると思いますか?

細部へのこだわりが非常に強いところだと思います。音響や空間づくりに対する意識の細やかさは、海外と比較しても日本ならではの特徴だと感じています。

次世代へ繋ぐDJ哲学

あなたにとってDJとはどのような存在ですか?

人生としか言いようがないです。友人や奥さん、仕事も含めて、すべてDJを通じてのつながりです。

長く活動を続ける中で、大切にしている価値観やスタンスを教えてください。

「迷惑かけない!」。チーム内でみんなで言い合っているシンプルなルールです。

今後挑戦してみたいことや、新たに取り組みたい表現はありますか?

ディスコエディットをもっと作っていきたいと思っています。

若いDJやクリエイターに向けて、伝えたいことがあれば教えてください。

DJを一生懸命続けていきましょう。

KIKIORIX
福島県いわき市出身、東京を拠点に活動するDJ/グラフィックデザイナー。「RAINBOW DISCO CLUB」のレジデントDJを務める。2000年代にロンドンへ渡り、東ロンドンのクラブシーンでキャリアをスタート。帰国後は国内外のフェスティバルやクラブに出演し、確かな選曲眼と独自のグルーヴでフロアを築いてきた。デザイナーとしても20年以上のキャリアを持ち、現在はREALROCKDESIGNに所属。音楽とビジュアルの両軸で活動を続けている。

RAINBOW DISCO CLUB
2010年に東京・晴海客船ターミナルでスタートした、日本を代表する野外ダンスミュージックフェスティバル。高品質なサウンドシステムとロケーションにこだわった空間づくりで独自の地位を確立し、国内外のクラブカルチャーを横断するキュレーションで高い評価を得ている。これまでに数多くの世界的DJ/プロデューサーを招聘し、シーンに大きな影響を与えてきた。コロナ禍においても配信や開催形態の変化を通じて継続し、現在に至るまで日本のダンスミュージックシーンを牽引し続けている。

and integrate them seamlessly into the new content without adding new tags. Ensure the new content is fashion-related, written entirely in Japanese, and approximately 1500 words. Conclude with a “結論” section and a well-formatted “よくある質問” section. Avoid including an introduction or a note explaining the process.

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