〈アンスラックス(UNSLACKS)〉というブランドがあります。テーラー出身のデザイナー中野亮介が作り出すイージーパンツ専門ブランドです。以前、製作していたのはトラディショナルなセミオーダーのパンツでした。クラシックからカジュアルへ。その真逆とも思えるパンツづくりからは、生地に対する新たな視点が見えてきます。
「ブラケット(BRACKETS)」のほか、渋谷の「アート(ART)」などの限られたショップでしか取り扱われていなかった同ブランドが、2018年3月にショップ兼アトリエをオープンさせたと聞いて、早速インタビューを敢行しました。
―まず〈アンスラックス〉を始めた経緯を教えてください。
中学生の頃から洋服に関わる仕事に就きたいと思っていたのですが、洋服の世界にどんな仕事があるのかよく理解していなくて。文化服装学院のファッションビジネス科へ入ってから、漠然とセレクトショップのバイヤーを目指して勉強していたのですが、いわゆる座学よりも、自分で手を動かして服を作る楽しさに目覚めてしまって。ファッションビジネス科を卒業後、アパレルデザイン科へ再入学し、メンズデザインコースで基礎を学びました。このとき、卒業後はテーラーに就職しようと決めていました。
卒業後はいくつかのテーラーや縫製工場で5〜6年働き、だんだんと独立についても考えはじめて。ただ、テーラーとしての独立ではなく、そのスキルと経験を活かしたカジュアルな洋服づくりのほうに興味があったんです。
―具体的にはどのような服づくりをしたいと考えていたのですか。
もともとテーラーで働いていた理由は、機械などでの大量生産に頼らず、一つひとつ丁寧に縫製する技術を学びたいと思っていたからなんです。就職して初めて教わった人はスーツのパンツだけを作り続けている職人さんで、ミリ単位での調節や細部にまで気を利かせて作り上げるパンツがかっこよくて。しかも、パンツしか作らないという極端な振り切り方も面白いと感じていました。ありきたりな表現ですが、彼の絶対に妥協しない姿勢みたいなものに惚れ込んで、ゆくゆくは自分でも「パンツだけを作るブランド」をやりたいなと考えるようになりました。
ただ、もし自分が洋服を作るなら、ミリタリーやワークの男らしいパンツのシルエット、生地のタフさ、機能性などを上手くミックスして、より自分らしいブランドで表現したいと。それで、〈アンスラックス〉を立ち上げることにしたんです。
―初めからイージーパンツがメインのブランドではなかったのですね。
そうですね。〈アンスラックス〉は2014年から、限られた店舗のみに卸すところからスタートさせました。当時はまだイージーパンツ自体を作っていなくて、テーラーでの経験から、よりトラディショナルな、でも素材は男臭くてタフな素材を用いたコットンパンツやウールパンツ、デニムスラックスなどを別注のみで作っていました。「ブラケット」はその頃からの付き合いです。京都のセレクトショップ「ミュージアムオブユアヒストリー(museum of your history)」でセミオーダー制のパンツ受注会などもやらせてもらいましたね。
3年くらいそんなふうにやらせてもらったんですが、だんだんと物足りなさを感じるようになってきて、もっと作れるパンツの幅を広げたいと思うようになって。僕自身の趣味が自転車に乗ることなので、より自転車に乗りやすいパンツを作ろうと考え、作ったのがイージーパンツです。
—ご自身の生活での必要性からイージーパンツに行き着いたんですね。
〈アンスラックス〉のイージーパンツには動かしやすいように股下にマチをつけることはもちろん、通常のイージーパンツより股上を深くとって、よりアクティブに動けることを目指しました。生地も以前まで使用していたタフなものから、柔らかくて伸縮性のある素材やナイロン系の素材を採用するようになって。
―ブランドを始めて3年ほどで、大きく舵を切った印象があります。今ではイージーパンツをメインに扱うほどですが、その方向転換に難しさはなかったのでしょうか。
イージーパンツは、いわゆるクラシックなパンツと比べて工程こそ簡単なのですが、ワンサイズ対応で成立させるためのサイジングやシルエットを作り出すのが難しいんです。通常のパンツと違い、サイズ展開があるものでもないので。今、〈アンスラックス〉で展開しているイージーパンツは、ウエスト70~90(w28~w35が目安)まで対応しています。目指したのは、どんなウエストの人が履いても、絶対に崩れないストレートシルエット。そこにたどり着くまでには、かなり苦労しました。
―中野さんが作るイージーパンツはNomex®やコットンギャバジンなど、通常のイージーパンツに使用される素材では考えにくい、ユニークなものが多いですよね。どのような基準を持って生地を選んでいるのでしょうか。
僕自身の好みが強いですけど、あまり“普通すぎない”ものを使おうと思っています。僕が今履いているものがウール・ポリエステル混紡のストレッチトロピカル生地というもの。通常は春夏のスーツなどに用いられる素材です。そういう意外性のある生地をイージーパンツに仕立てることに面白さを感じています。実際に履いてみると、カジュアルになりすぎず、個人的にも気に入っています。
生地を探しに生地屋さんやメーカーさんに行く際にも、普段あまり使われることが無いような生地を選ぶことが多いですね。あまり人気もなく珍しい生地は少量だけ残っていたり、安く仕入れることができる場合もある。ウチみたいな小さなショップだと生地を大量に買うことは難しいですし、売るほうからすれば、少しでも在庫が売れてくれたほうが嬉しいですからね。
—最近はどんなユニークな素材が気になっていますか。
軍物やアウトドアで使われるような生地ですね。中でもストレッチの効いたもの、撥水性のあるもの、何か特殊な機能性のあるものが気になっています。イージーパンツを作り始めてから、生地を選んだり使う際の自由度は上がった気がします。やはりクラシックなパンツでは、ナイロン系の生地ではテロテロに見えて見栄えも悪い。まったく使いものになりませんでしたね。その点、イージーパンツだったら、パターンの部分で動きやすさは担保できるから、その分それまで敬遠していた様々な生地にチャレンジできます。
―2017年にスタートさせたイージーパンツはオンラインショップと限られた店舗のみでの販売でしたが、そこからなぜ自身のお店をやろうと思ったのですか。それもアトリエを併設したかたちで。
ひとつはショップを持つことで、すべて自分で完結できると考えたからです。この小さな空間の中にアトリエを併設し、生地をカットするところから縫製まで作業し、パンツが完成したら棚に入れ、その場でお客さんに買ってもらう。その一連の流れを試してみたかったという思いがあります。
もうひとつは、しっかりと作っている姿を見てもらいたいなと思っていたから。服を作る姿ってあまり見る機会がないと思うんですけど、自分がこれから着る服が作られている様子を見れば、購入するアイテムにも愛着がわいてくるのではないかと。大量生産されているものがダメとは思わないですが、大量生産に頼らずに“ものづくり”をしている人たちのアイテムも見てほしい。それを見せることが「アンスラックスストア(UNSLACKS STORE)」らしさだと思っています。
―「アンスラックスストア」がオープンして1ヵ月が経ちました。池ノ上という場所でお店を運営してみて、何か気づいたことや感じたことはありますか。
ショップの場所も駅から遠く、アクセスしづらい変な場所にありますけど、渋谷や原宿ではなく、わざわざ来てもらうところに出したことが重要なのだと考えています。ショップを持つ以前は、〈アンスラックス〉を知っているお客さんも知らないお客さんも、直接会話ができる機会はほとんどありませんでした。お客さんとの会話は、アイテムを作る際にも参考にもなります。もっとたくさんの人に知ってもらって、多くの人に足を運んでもらいたいですね。
それから、やっぱり地元の人に愛されるお店になりたいです。最近、池ノ上も活気づいてきていると感じています。駅前には面白いお店や美味しいごはん屋さんがいっぱいありますし。例えば、「ミンナノ(MIN-NANO)」さん、ウチ、古着屋の「ハグレ(HAg-Le)」さん、で最後には三軒茶屋で飲んで帰る。池ノ上からのそういう流れが定着してくれたらいいなって思います。
Photo_Keisei Arai
Edit&Text_Masato Saita
UNSLACKS STORE
住所:東京都世田谷区池尻4-34-14佐野ハウス1A
電話:03-6875-5780
営業:12:00~20:00/火曜定休
unslacks.com
www.instagram.com/unslacks_store
Source: フィナム