シングラスでクリアな視界を手に入れる。ガラスレンズがもたらす透明な世界。
普段何気なく使っているサングラスですが、レンズの素材を気にしたことがあるでしょうか? いまでこそ当たり前になったプラスチックレンズですが、これはガラスに代わる新素材として開発されたもの。その理由はさまざまありますが、古き良きガラスレンズにも、プラスチックでは叶えることのできない大きな効果があるのです。そんな“ガラス”にこだわってものづくりを行うブランドが〈シングラス(THINGLASS)〉です。今回は、このブランドの代表である堤 友厚さんと、その主要取り扱いショップである「ブリンク外苑前(blinc)」、「ブリンク ベース(blinc vase)」の荒岡俊行さんに、ブランドの魅力、ひいてはガラスレンズという今では珍しくなってしまった素材について語ってもらいました。
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- Edit_Yuichiro Tsuji
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左:堤 友厚 / シングラス
日本のメガネレンズ発祥の地と知られる大阪市生野区近くで、1943年に創業した「大阪眼鏡硝子(現:オーエムジー)」の3代目。プラスチックレンズが主流となった現代において、ガラスレンズのよさを発信しようと、個人のプロジェクトとして〈シングラス〉を立ち上げた。
右:荒岡俊行 / ブリンク
1940年に創業した老舗眼鏡店「荒岡眼鏡」の3代目。「眼鏡の未来を熱くする」をミッションに、アイウェア文化の魅力を日々探求し、それを広く伝えている。2001年に外苑前の「ブリンク外苑前」、2008年には表参道に「ブリンク ベース」をオープン。また今年に入って、御徒町に「ルッテン_」というカフェもオープンさせている。
そのサングラスは、美しいか。
はじめに〈シングラス〉とはどんなブランドなのか教えてください。
堤ガラスレンズに特化したサングラスブランドですね。もともと家業がガラスメーカーで、その技術を使ってガラスレンズの魅力を提案するために立ち上げました。
ガラスメーカーということはメガネに特化しているわけではないんですね。
堤我々は創業から75年という歴史があるんですが、当初は「大阪眼鏡硝子」という社名でメガネのガラスレンズに特化した生産をおこなっていました。しかし、ガラスに代わる新しい素材としてプラスチックが台頭してきたことをきっかけに、ガラスレンズのシェアが次第に減少していったんです。それ以降はレンズに特化せず、カメラや医療機器のフィルターをつくっています。いわゆる“特殊ガラス”という分野に事業を拡大したわけです。
荒岡もともとは大阪にレンズメーカーが多かったんですよね?
堤大阪の生野という地域が日本のメガネ用レンズの発祥の地なんですよ。当時は近辺に何百という工場が存在しましたが、いまではレンズ用のガラスを生産するのは我々のみになってしまいました。
ガラスレンズにはどんな魅力があるんですか?
堤いちばんの魅力はなんといってもクリアな視界にあります。実際に掛けていただければわかりやすいんですが、プラスチックとは透明度に明らかな違いがあります。いまだにカメラのレンズにガラスが使われているのは、そこに圧倒的な差があるからなんです。
あとは“長持ちする”という意味でもガラスレンズは優れています。プラスチックですと、時間の経過と共に紫外線により劣化してくるんですが、ガラスは別なんです。長年使用していても視界が曇ることがないといいますか。ヴィンテージのサングラスに価値があるのも、ガラスレンズだからこそなんですよ。
なるほど。
堤それになんといってもガラスならではの質感ですよね。一番伝えたいのはこれなんです。
質感?
堤例えばバカラのグラスは、独特の重みや光り方があるじゃないですか。ガラスの魅力ってそういったところにあると思うんです。モノとしての美しさといいますか、佇まいがいい。〈シングラス〉は「そのサングラスは、美しいか。」というコンセプトを掲げていて、ガラスレンズが持つ質感や機能美を大切にしながらものづくりをしているんです。
作りにくいからこそ高品質で、それならではの魅力がある。
さまざまな魅力があるにも関わらずプラスチックのシェアが伸びたのには、なにか理由があるんですか?
荒岡プラスチックの加工技術が向上して、どんどんガラスに近づいていったんです。生産効率も当然プラスチックのほうがいいですし、それでガラスが斜陽傾向になっていってしまいました。とはいえ、あくまでガラスに“近づいた”というだけで、やはりガラスならではのメリットには及ばないんですが。
堤レンズに関わらず、プラスチックという素材自体がガラスの代用品として開発されたんです。扱いやすさという意味ではプラスチックのほうが上なのかもしれないですが、まだまだ違いはあると思っています。
荒岡ガラスそのものを素材からつくっているのは堤さんのところだけなんですよね。
堤そうです。粉体原料からつくっているのはうちだけなんですよ。そもそもガラスレンズの視界がクリアな理由は、素材の構造にあるんです。
といいますと?
堤色付きのレンズは、材料を溶かす段階で着色剤を足して色を付けているんです。素材そのものに色があると言えばわかりやすいかもしれません。
プラスチックは違うんですか?
堤プラスチックの場合はベースとなる透明なレンズに染色によって色をつけているんです。だから、一枚フィルターを通したような視界になってしまう。
荒岡もちろんプラスチックにも魅力はあるんですが、視界という点で言えばやはりガラスレンズのほうがいいですよね。
堤ガラスの視界がクッキリしているのは、その構造が理由ですね。プラスチックは製造しやすく、加工にも適しているというメリットがあるんですが、逆にガラスは高温炉が必要などで製造が大変です。でも、つくりにくいからこそ、できあがったものは高品質なんですよ。苦労してつくるものは長持ちするし、それならではの魅力があります。
荒岡あと、色付きのレンズって、しっかりとした用途があるんですよね。色の効果というか。
色の効果というのはどういうことなんですか?
堤そもそも、BAUSCH&LOMB社がグリーンやイエローのレンズを開発した時もそうですが、外観上のデザインでそうしているわけではないんです。例えばイエローのレンズなんかは、チラつきの元になる青い光を抑えて、ハンティングする人の視界のコントラストを上げるために開発されたんですよ。そういった目的があって、それを叶えるためにカラーレンズが生まれたんです。
荒岡海外では〈ペルソール〉や〈レイバン〉がガラスレンズを採用していますが、〈シングラス〉のように鮮やかで綺麗な色のサングラスはあまりつくってないですよね。グレーやブラウン、濃いグリーンとか、そういった落ち着いた色が多い。
堤ガラスメーカーというの装置産業みたいなところがあるんです。つまり、基本的には大手じゃないと作れないんです。そういったところは、売れ筋の色しかつくろうとしないんですよ。恐らくうちが世界でいちばん小さな光学ガラスメーカーで(笑)、だから小回りが利くというか、需要がなさそうな色でも小ロットでつくることができる。それがいちばんの売りですね。
本質にこだわろうという潮流も感じる。
荒岡さんはいち早く、〈シングラス〉の取り扱いを決めたと伺ったんですが、どんなところに魅力を感じたんでしょうか?
荒岡国内のサングラスブランドってすごく珍しいんですよ。つまり、“光を遮る”というサングラスの本質をついたブランドのことなんですが。日本ではどちらかというと、レンズよりもフレームのデザインに目が行きがちで、レンズへのこだわりは二の次なんです。そのアプローチの違いがおもしろいなぁと思いましたね。
堤そういったアプローチでものづくりがしたかったんです。荒岡さんが仰った通り、いまの日本のアイウェアブランドはデザインのほうを重要視しているような気がしますが、一方では原点に立ち戻って本質にこだわろうという潮流も感じるんです。
荒岡店頭にいても、お客さまが本物志向になってきているような感覚はありますね。〈シングラス〉をおすすめすると、気に入って買っていかれる方が多いですから。
荒岡さんはどんなお客さまに〈シングラス〉をおすすめしているんですか?
荒岡はじめてサングラスを買われるという方から、いろんなサングラスをお持ちで、新しいものがほしいという方まで幅広くおすすめしています。共通して言えるのは、みなさん本当にレンズのよさに魅力を感じてくださるんです。
堤うれしいですね。ブランドネームではなくて本質を見てほしいという気持ちがあるので、そういったお話を伺うと胸が熱くなります。
価値観を共有できるデザイナーにフレームデザインを依頼。
いまフレームの話が出ましたが、〈シングラス〉ではフレームデザインにもこだわっているんですよね。
堤そうですね。榎本郁也さんというデザイナーの方にお願いをしました。そもそもサングラスをつくろうと思ったところで、我々はガラスメーカーなので、まったくの素人なんですよね。だからデザインはプロにお願いした方がいいだろうなと。どなたがいいか、いろいろ調べていたときに榎本さんのインタビューを見つけたんです。そこには“モノの本質が好き”といった内容のことが書かれていて、この人なら価値観があうんじゃないかと思ったんです。
荒岡私の個人の意見としては、榎本さんはアイウェアのデザイナーとしては日本一の方だと思います。これまでにいろんなブランドを手がけてきて、かれこれ3000モデルはデザインを描いているんじゃないですかね。間違いのないデザイナーさんです。
堤実際に会ってお話をした際も、気持ちを共有できた手応えのようなものを感じました。
制作の段階で、榎本さんにはどんなオーダーをしたんですか?
堤やはり、ガラスが際立つデザインを、というお話はしました。そして、シンプルでタイムレスに使えるものにしたいという要望も伝えました。デザイナーさんからすれば難しい要求だったのかもしれませんが、価値観が近かったので、我々の想いを汲み取っていただけると思ったんです。
荒岡榎本さんは自分の個性を打ち出すタイプのデザイナーではないんです。どちらかといえば、人の話を聞いて、それを上手に表現するタイプの人だから、榎本さんにお願いしたのは正解だと思いますね。
「ブリンク」が別注したロマンチックな〈シングラス〉。
今回「ブリンク」の別注アイテムも制作されたというお話を伺いました。
荒岡ガラスレンズを使って一緒にサングラスをつくりたいという気持ちがあったので。それでいろんな色メガネを拝見させていただいたときに、このピンクレンズがすごく綺麗だなと思ったんですよ。
荒岡お話を伺うと、このレンズをつくったのは堤さんのおじいさんということで。私も祖父の代からメガネ屋を受け継いでいますから、そこに縁を感じました。さらに詳しくお話を聞くと、70年代から開発をスタートして、完成まで何年もかかっているそうなんです。そんなストーリーにも惹かれて、このレンズを使おうと決めたんです。
堤いま、あえてこの色を使うというのがおもしろいですよね。
先ほど色には機能があるというお話がありましたが、このレンズにはどんな効果があるんですか?
堤チラつきを感じる青色光を抑え、赤い色を透過させることで、コントラストのあるはっきりとした視界を得ることができます。またレンズがピンク色なので視界も優しくなりますね。
荒岡あとはなんといってもロマンチックですよね。
堤そうですね。これに似た色がカメラのフィルターとしても使われているんです。それはスカイライトフィルターといって、人の肌が血色よく撮影できるんですよ。顔色をよくする効果があるというか、見え方が優しくなる。なので、これをかけて人のことを見ると、より魅力的に映るんです。
荒岡もともとスキー用のサングラスにこの色のレンズが使われていたんですよね。いまはゴーグルとかありますけど、70年代や80年代のゲレンデではみんなサングラスをかけていました。
そうだったんですね。
荒岡このアイテムはバレンタインデーに発売するので、そういう意味でもロマンチックなんじゃないかと。カップルには、これをかけてゲレンデでデートしてほしいです(笑)。
いろんな角度からアイウェアを眺めてほしい。
最後に〈シングラス〉の今後の展望や目標を教えてください。
堤先ほど日本にはサングラスブランドがあまりないという話がありましたが、やっぱり日本を代表するサングラスブランドになりたいですね。
荒岡そうなるブランドだと思いますよ。こうやって話を聞いただけでは実感ないと思うんで、ぜひ店頭で試してみてほしいですね。そうすれば納得いただけるはすです。ジワジワと広がっていけばいいですね。
堤自分たちも、一気に注目されるようなブランドではないと認識しています。実際に商品を見たり触ったりしていただいて、クオリティーのよさを確かめてもらえれば、おのずと広がっていくかなと。それが理想です。
荒岡あとは、ガラスレンズを後世まで残していかないとダメですよね。そうするためにはずっと続けていくしかない。国内では堤さんしか作れないわけだから。
堤私はプラスチックが悪いものだとは思わないし、それぞれのメリットをしっかりと理解した上でやっていけば、アイウェアの文化がより深いものになっていくと思うんです。量産型のアイウェアもたくさんできているし、フレームだけではなくて中身に関することも話題提供していけば、いろんな角度からアイウェアを眺めることができます。そんな想いが伝わればうれしいですね。
THINGLASS
thinglass.jp
blinc 外苑前
住所:東京都港区南青山2-27-20 植村ビル 1F
電話:03-5775-7525
営業:12:00~20:00(平日)、11:00~20:00(土日祝) / 月曜定休(月曜が祝日の場合、火曜定休)
blinc.co.jp/blinc
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Source: フィナム